第46話 やばい!正体バレた!?
中村浩は垂らしたまつ毛の下から高橋奈津美を見下ろし、かすかな柔情をたたえた表情を浮かべた。
「謝る必要はありません。むしろ私からお詫びすべきことです。お手伝いさんが掃除を怠り、驚かせてしまいました」
高橋奈津美はまだ恐怖が残っているようで、顔を背けたままテーブル方向を見ようとしなかった。
「あ、あのゴキブリはまだいますか?もしまだなら...まず捕まえてください」
中村浩はテーブルを見回し、柔らかい声で答えた。
「もういません。窓から逃げていきました」
その返事に、高橋奈津美は心底安堵の息をついた。
「よかった...」
中村浩は思わなかった。名高い奈津美名医が、小さなゴキブリを恐れるとは。
そんなギャップが、なぜか愛らしく感じられた。
高橋奈津美は再びテーブルに戻り、処方箋を書き始めた。
しかしゴキブリのトラウマが残っており、書きながら時折周囲を警戒する様子だった。
処方箋を書き終え、ペンを置いた瞬間、突然手首に温かい感触が伝わった。
見下ろすと、中村浩の大きな手が彼女の手首を掴んでいた。
「中村浩さん、これは何のつもりですか?」
怒りを滲ませた声で高橋奈津美は問いかけた。
中村浩はすらりとした体をゆっくりと高橋奈津美に近づけた。
椅子に座った高橋奈津美には逃げ場がなく、苦しげに上を向いて彼を見上げるしかなかった。
「中村浩さん!こんな無礼な行為を続けるなら、次回の診察は他の先生を頼んでください!」
中村浩は彼女が本気で怒っているのを悟り、薄い唇を噛んだ。
「奈津美名医、怒る前に理由を聞いてください。私にはこうする理由があったのです」
(理由?私に手を出しておいて?)
内心で大きく舌を打ちながらも、高橋奈津美は冷静な態度を保って問いただした。
「どんな理由ですか?明確に説明してください。でなければ許せません」
すると中村浩は彼女の手を掲げた。
高橋奈津美が眉をひそめた瞬間、彼の声が先に響いた。
「奈津美名医の左手首の傷、これは二日前に私の友人が負った傷と全く同じ位置、同じ大きさなのですが...これについて何か説明はありますか?」
左手首の...傷?
普段は冷静沈着な高橋奈津美も、この言葉には思わず目を見開いた。
今日は柴田家の診察だけと思い、中村家に来るとは考えてもいなかった。
傷には自製の軟膏を塗り、痛みは引いていたため、すっかり忘れていた。
まさか中村浩がこの傷を覚えているとは...
しかも中村浩はさらに衝撃的な言葉を続けた。
「それと...私の太ももから弾丸を小刀で取り出してくれたのも、あなたでしたね?」
高橋奈津美の目はさらに大きく見開かれた。
(こ、これは...)
(中村浩はどうしてこんなに鋭いんだ?)
(最初の嘘もまだごまかせていないのに、次の秘密まで暴かれるなんて...)
(息つく暇も与えてくれない)
高橋奈津美の頭はフル回転していた。
しかし結論が出る前に、突然大きな手が伸びてきて、彼女のマスクを強引に引き剥がした。
「ビリッ!」
力任せに引っ張られたため、マスクの紐が切れた。
高橋奈津美のこの世のものとは思えぬ美しい顔が露わになった。
一瞬、
二人は見つめ合ったまま時が止まったようだった。
空気が一瞬、張り詰めた静けさに包まれた。
高橋奈津美は無意識に顔を隠そうとしたが、再び中村浩に手首を掴まれた。
「隠さなくてもいい。もう見てしまった。高橋奈津美、まさか私を救ってくれたのが中村だったとは……奈津美名医も中村だったなんて……」
高橋奈津美のこれまでの評判があまりにも悪かったため、中村浩は何度か疑いを持ちながらも、すぐにその考えを捨てていた。しかし、全く同じ傷痕を見て、高橋奈津美の素顔を目の当たりにした今、ようやく確信を持てたのだ。
高橋奈津美はすでに正体がバレた以上、隠し通す意味はないと悟り、潔く認めた。
「そうよ、私だったわ。後から文句でも言うつもり?確かにあの時の行動は少し行き過ぎだったかもしれないけど、私は浩さんを救ったのよ。そんなに細かいこと言うなんて、大人気ないわ」
中村浩は高橋奈津美の手首を握ったまま、どこか訴えるような声で言った。
「生まれて初めて、人に全身を見られてしまったんだ。それに……触れていい場所もダメな場所も、全部中村に触られて……」
高橋奈津美は頭痛気味に眉間を押さえた。
「私だってやりたかったわけじゃないわよ。たまたまあなたがそんな場所に怪我をしてただけじゃない。出血多量で命を落とすのをただ見てるわけにはいかなかったでしょ?」
「じゃあ認めるんだね?触ったことを」中村浩の視線が高橋奈津美を鋭く捉えた。
高橋奈津美:「……確かに触ったわ。で?」
「認めた以上、責任を取ってもらうよ」
中村浩は実に堂々と言い放ち、高橋奈津美は度肝を抜かれた。
「ちょっと待って、中村浩。あなたこそよく考えてみて?私があなたを救ったのよ。あの時たまたま通りかからなかったら、あなたは今頃どうなってたと思うの?感謝もされない上に、責任を取れだなんて、どんな理屈よ?」
中村浩は高橋奈津美の手首をさらに強く握った。
「私はそんなに見た目が悪いわけじゃないだろう?私と付き合うのに、そんなに抵抗があるのかい?」
高橋奈津美は眉をひそめた。
「見た目の問題じゃないわ。ただ、ただ……」
中村浩は彼女の言葉を遮った。
「言い訳はいい!要するに、中村は責任を取る気がないんだろう!」




