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第44話 だんだんと打ち解けて

 高橋奈津美はその言葉を聞き、瞳の奥にわずかな動揺が浮かんだ。

(中村家の祖父と孫、やはり気が合うのだな)

二人は続けざまに、同じ質問をしてきた。

しかし中村浩がそう尋ねたのは、以前から彼女を自分の命の恩人ではないかと疑っていたからだ。

一方、中村正治とは「高橋奈津美」として以外では、「奈津美名医」の身分で会ったことはない。

それなのに、なぜ彼はこんな質問を?

(何か気づかれたのか?)

(だが、ここまで完全に身を隠しているのに、どうやって?)

内心で疑問を抱きながらも、高橋奈津美は表情に出すことなく、静かに問い返した。

「では、中村さんは以前お会いしたことが?」

中村正治は一瞬戸惑い、首を横に振った。

「いや…ない」

「では、なぜそのような質問を?」

中村正治は「何となく見覚えがある気がする」と言おうとしたが、その感覚はあまりに漠然としていた。確たる証拠もないため、言葉を飲み込んだ。

「いや、特に深い意味はない。ただ奈津美名医と話していると、なぜか懐かしいような親しみを感じるもので…」

「私に『親しみ』を感じると言われるのは初めてです」

高橋奈津美は再び微笑んだ。中村正治との会話が心地よいのは明らかだった。

「ですが、確かにこれまで中村さんとはお会いしたことはありません」

中村正治は笑いながら手を振った。

「構わない。今から知り合っても同じことだ。話が合うようだから、これからも交流を続ければ、良い友人になれるかもしれん」

高橋奈津美は特に異議もなく、話に乗った。

「ええ、時間があればまたお話しに参りましょう」

「ははは──それは楽しみにしておる」

中村正治の顔には抑えきれない笑みが浮かんでいた。

その様子を見ていた中村浩も、自然と口角が上がった。

(祖父と奈津美名医の相性は、驚くほど良いようだ)

祖父の言う通り、奈津美名医は想像以上に親しみやすい人物なのかもしれない。

ほどほどに話が終わると、高橋奈津美は中村正治に手を差し出させ、脈を診始めた。

その間、彼女の眉がわずかに曇ったのを見て、普段冷静な中村浩でさえ胸を締め付けられる思いがした。

「奈津美名医、祖父の状態は…良くないのでしょうか?」

高橋奈津美は隠さず、診察を終えると静かに頷いた。

「残念ながらそうです。中村さんの喘息は長年の持病で、加齢による臓器の衰えも相まって、発作の頻度が増しています。これが症状の悪化につながっているのでしょう」

中村浩の心臓がぎゅっと縮んだ。

「では、祖父の病状はまだ治療可能でしょうか?」

中村正治はこの年齢になれば生死は達観していたが、それでも奈津美名医の答えを聞きたいと思った。

(この孫を育て上げるのは容易ではなかった)

可能なら、彼が結婚し、子をもうける姿を見届けてから、この世を去りたい──

二人の緊張した視線を受けて、高橋奈津美はゆっくりと頷いた。

「治療は複雑ですが、努力次第で根治は可能です」

その言葉に、中村浩と中村正治は思わず顔を見合わせ、互いの瞳に喜びを確認した。

最終的に中村浩が先に口を開いた。

「奈津美名医のその一言で安心しました。何か必要なことがあれば、何なりとお申し付けください。私にできる限りのことは尽くします」

高橋奈津美は淡々と手を振った。

「大げさに構える必要はありません」

そう言うと、彼女は軽く手を振って中村浩に下がるよう促した。

「これから中村さんの胸の鬱血を鍼で取り除きます。鍼治療は集中力が求められるため、途中で話しかけないでください」

中村浩は静かに頷き、隅へと下がった。

「承知しました」

高橋奈津美は視線を戻すと、銀針を手に中村正治の胸へと鍼を打っていった。

その間、中村正治は時折高橋奈津美の顔を見つめ、深い思索にふけるような眼差しを向けた。

(さっきはただ漠然とした既視感を覚えただけだったが…)

(この距離で彼女の目を見ていると、その感覚が一層強くなる)

まるで以前本当に奈津美名医と会ったことがあるかのようだ。

しかし、どこで会ったのかは思い出せない。

中村正治は今にも質問を口にしようとしたが、さっき高橋奈津美が「鍼治療中は話しかけないで」と言ったのを思い出し、言葉を飲み込んだ。

治療が終わるまで我慢し、ようやく尋ねた。

「奈津美名医、本当にどこかでお会いしたような気がするのですが…以前お会いしたことはありませんか?」

その言葉に、離れた場所にいた中村浩も姿勢を正した。

(柴田家で初めて奈津美名医を見た時から、なぜか見覚えがあると感じていた)

(まさか祖父も同じことを…?)

中村浩は記憶を辿り、祖父と共に会った人物の中で奈津美名医に該当する者がいないか考えた。

しかし、いくら考えても答えは出なかった。

(では、なぜ私たちは奈津美名医に見覚えを感じるのか?)

(彼女は一体何者なのだろう?)

考えるほどに、中村浩の高橋奈津美に向ける視線は熱を帯びていった。

中村正治の視線も同様に、高橋奈津美を探るように注がれている。

高橋奈津美の瞳がかすかに揺れた。一瞬だけ慌てた表情が浮かんだが、すぐに平静を取り戻し、淡々と答えた。

「どこかでお会いしたことがあるのかもしれません。私の記憶が曖昧なだけでしょう」

(ただの一面識なら、これほど強い既視感は覚えないはずだ)

中村正治はそう思ったが、高橋奈津美がそう言う以上、これ以上詮索するのは失礼にあたる。

遠路はるばる診察に来てくれた奈津美名医に、そんな無礼なことはできない。

「ははは──そうかもしれませんな」

中村正治は高橋奈津美の言葉に合わせるように笑った。

高橋奈津美は軽く「ええ」と応じると、立ち上がって中村浩に尋ねた。

「紙と筆はありますか?中村さんの処方箋を書きます」

中村浩が頷いた。

「上にあります。取りに行きます。それと、中村家には薬局もございますので、奈津美名医ご自身で調剤されてもよろしいでしょうか?」

高橋奈津美は自分で調剤した方が早いと考え、承諾した。

「結構です。紙と筆を持ってきてください。その後で薬局へ案内を」

二人が話している間、中村正治は再び高橋奈津美をじっと見つめていた。

ふと何かが頭をよぎり、彼は目を細めた。

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