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第43話 私たち、どこかで会いましたか?

 他人の誘いなら断れるが、実の兄である柴田崇の誘いを拒むのは難しい。

しかし、断らなければならない。今はしっかりと変装しているが、一度それを解けば正体がバレてしまうからだ。

「すみませんが、他人の家で食事をする習慣はないので」

高橋奈津美の言葉に、柴田家の人々の顔には一斉に失望の色が浮かんだ。それでも、彼らはまだ諦めきれず、何とか引き留めようとした。

「奈津美名医、どうか遠慮なさらずに。食事の準備はこちらです。奈津美名医の好みは存じ上げませんが、今日は様々な料理を用意しております。きっとお気に召すものが……」

柴田崇の指さす方向を見ると、大理石の長いテーブルに並んだ豪華な料理の数々は、まさに「満漢全席」の趣だった。奈津美名医をどれほど重要視しているかがうかがえる。

それだけではない。柴田家の人々は皆、和やかで友好的な態度をとり、家族団らんの雰囲気を作り出していた。

この光景を見て、高橋奈津美は思った。

(柴田家の人々は普段は内輪で争ってばかりいるが、肝心な時には意外と団結するものなんだな…)

とはいえ、これは奈津美名医の前での見せかけに過ぎないだろう。

奈津美名医がいなくなれば、また元の鞘に収まるに違いない。

そう考えながら、高橋奈津美は意志を固くした。

「用事があるので、失礼します」

1時間後――

高橋奈津美は中村浩に伴われ、中村家に到着した。

リビングに向かう途中、中村浩が突然尋ねた。

「奈津美名医、私たち以前にお会いしたことはありませんか?」

高橋奈津美は足を止め、淡々と答えた。

「いいえ」

中村浩はそれ以上は問わなかったが、探るような視線を時折高橋奈津美に向けた。

(何故か奈津美名医から、強い既視感を覚える…)

この感覚は柴田家にいた時から続いている。

だが、その理由がわからない。

高橋奈津美は中村浩の探る視線を感じ取っていたが、気に留めなかった。

(彼が私を見る理由はわかっている)

中村浩は常に、彼女が自分の命の恩人ではないかと疑っている。

今こうして探るような視線を送るのも、彼女の動揺を誘おうとしているのだろう。

だが、彼女は最初からその事実を認めるつもりはなかった。

だからこそ、中村浩がどんなに探ってきても、平静を保たなければならない。

冷静でいさえすれば、いずれ中村浩も疑念を解くだろう。

それぞれの思惑を胸に秘めた二人は、やがて中村家のリビングに足を踏み入れた。

中村正治はソファでお茶を飲んでいたが、足音が聞こえると、振り返りもせずに文句を言った。

「このガキめ!よくも帰ってきたな!わしと将棋を約束しておいて、またすっぽかし——」

「かす」の二文字が口に出る前に、中村正治の声はぴたりと止まった。

話しながら振り向いた先に、中村浩の隣に立つ人物の姿を見て、すぐにその正体を悟ったからだ。

「奈津美、奈津美名医……?」

高橋奈津美は軽く頷き、自身の身分を認めると同時に淡々と挨拶した。

「そうです。中村さん、ごきげんよう」

中村正治は慌てて立ち上がり、高橋奈津美に「どうぞ」と手を差し伸べた。

「奈津美名医、ようこそお越しくださいました。こちらへどうぞ」

高橋奈津美も遠慮せず、医療箱を手にソファに腰を下ろした。

一方、中村正治は中村浩の側に行き、咎めるように目を細めた。

「このガキめ!今日柴田家に奈津美名医を迎えに行くなら、一言言っておけばよかったのに!奈津美名医の前でわしがあんなことを言う羽目になって、恥ずかしいったらありゃしない!」

中村浩は口元を緩めて微笑んだ。

「サプライズと思ってのことです。逆に責められるとは思いませんでしたが。まあ、お祖父ちゃんも年のことですし、少々恥をかいても問題ないでしょう」

中村正治は再び睨みつけた。

「このガキが!」

罵る言葉とは裏腹に、声の端には笑いが滲んでいた。

実は中村浩が柴田家に奈津美名医を迎えに行くことは、以前から知らされていた。

ただ柴田家側で奈津美名医との面会日時が確定していなかったため、具体的な日程はわからなかったのだ。

今日の中村家訪問を知らせなかったのは、もし失敗して奈津美名医を連れて来られなかった場合、自分が失望するのを心配してのことだろう。

奈津美名医の気性は昔から難しいと言われている。彼女を連れて来られたということは、中村浩が並々ならぬ努力をしたに違いない。

そう考えると、中村正治は感慨深くなった。

(かつて膝の上で片言を喋っていた孫が、今やこんなに頼もしい男に成長したか)

心の底から満足感が湧き上がってきた。

この孫の孝行ぶりは、文句のつけようがなかった。

幼い頃から手塩にかけて育てた甲斐があったというものだ。

中村浩は中村正治の小言を、むしろ心地よく感じているようで、普段より柔らかい表情を浮かべていた。

「お祖父ちゃん、奈津美名医が来てくださったのですから、早く診てもらっては?お時間をいただいてますから」

中村正治はハッとしたように額を軽く叩いた。

「そうだった!お前がくだらない冗談を言うから、わしも大事なことを忘れるところだった!もし奈津美名医が怒ったら、お前のせいだぞ!」

中村浩は笑いながら応じた。

「はいはい。まずは診察を。文句はその後で」

まるで子供をなだめるような口調だったが、中村正治はむしろ嬉しそうに口角を上げ、ようやく真面目な顔になって高橋奈津美の方へ歩いていった。

「失礼いたしました、奈津美名医。孫とふざけ合うのが癖で、見苦しいところをお見せしてしまい…お許しください」

「構いません」

高橋奈津美は口元を緩めて微笑んだ。

「むしろ、ご家族の仲の良さが感じられて、良いものだと思いました」

中村正治は一瞬驚いたように目を見開き、やがて快活に笑い出した。

「ははは!確かにそうだ。わしらはよく言い争うが、親子の情に変わりはない」

「お見受けしました」

高橋奈津美は中村正治との会話を楽しんでいるようで、眉間に笑みを浮かべたままだった。

「お孫さんの孝心を見たからこそ、私は診察に来たのです。中村さん、素晴らしいお孫さんをお持ちですね」

中村正治は当然のように頷いた。

孫の優秀さについては、言うまでもなかった。

「奈津美名医がわしの孫の孝行心を見て診てくださるとは、さすがは情に厚いお方だ」

中村正治は奈津美名医と話せば話すほど、世間で言われるような「気難しい人物」ではなく、むしろ親しみやすく、自然と好感が湧いてくる人物だと感じていた。

「過賞です」

高橋奈津美は謙虚に微笑んだ。

すると中村正治は高橋奈津美をじっと見つめ、突然尋ねた。

「奈津美名医、私たち以前にお会いしたことはありませんか?」

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