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第37話 ケガをした

 中村浩はまだ動かなかった。その存在感の強い大きな手は、依然として高橋奈津美の手首に置かれたままだ。

高橋奈津美は初めて異性とこんなに親密に接触した。今こうして手首を握られて、全身がふにゃふにゃとして力が入らず、心臓の鼓動もリズムを失ったかのようだった。

「ドクン——ドクン——」

こんな感覚は高橋奈津美にとってあまりにも未知のものだった。そのため、普段は澄んだ泉のような目も、今は珍しく慌てと戸惑いを浮かべていた。

中村浩はさっき、高橋奈津美の手首が本当に傷ついているか確認していた。確認が終わると、少女の困惑した瞳を見て、すぐに手を引っ込め、抑制しながら一歩下がった。

「すまない、わざとじゃない。ただ君の手首の傷を確認したかったんだ。それから教えてあげようと思って」

「私の手首が傷ついてる?」高橋奈津美は自分では気づいていなかった。

「どこ?」

中村浩は高橋奈津美の手首の左側を指さした。

「そこだ。傷口はかなり大きいようだ」

高橋奈津美は彼の視線の先を見ると、確かに手首に何かで切られたような傷口が腫れ上がっており、少し恐ろしいほどだった。

しかし、よく怪我をする高橋奈津美にとっては日常茶飯事で、この傷など気にも留めなかった。

「大丈夫、数日もすれば治るから」

彼女の自分を顧みないような態度を見て、中村浩の眉間に深い皺が寄った。声もずっと重たく沈んだ。

「車に救急箱がある。簡単に処置していかないか?」

高橋奈津美は中村浩に迷惑をかけたくなく、きっぱりと首を振った。

「いいえ、帰ってから自分で処置します。それにこんな小さな傷なら、処置しなくても問題ないです」

中村浩は聞いて、硬い表情をさらに強くした。

「子供じゃあるまいし、常識もないのか?こんなに大きな傷口をすぐに処置しなければ、簡単に感染する。最悪、この腕全体がこの小さな傷のせいで駄目になるかもしれない」

もちろん、実際はそこまで深刻ではない。彼はわざと大げさに言って、高橋奈津美にこのことを重視させようとしたのだ。

高橋奈津美自身も医者だから、中村浩の言葉が誇張されているのはわかっていた。しかし、その中に込められた心遣いには、抑えきれぬ温かい感動が胸に湧き上がった。

「心配しないで、本当に大丈夫です。以前も似たような傷を負ったことがありますから、もう慣れています」

確かにその通りだった。高橋奈津美はこれまで遊びに出かけてよく転んだりぶつかったりしていたが、大抵は自分でやり過ごしてきた。

高橋和美と高橋洋佑は、彼女の本当の出生を知る前から、彼女を実の娘のように扱ってはいなかった。親としての心配りも一切なく、高橋奈津美がどうなろうと構わなかったのだ。

だから些細な傷など気にも留めず、いつの間にかそれが当たり前になっていた。

だが思いもよらなかったのは……中村浩がこんなにも彼女を気遣ってくれることだった。

中村浩は彼女の言葉を聞き、ため息混じりに首を振った。

「そんな性格でよく今まで生きてこられたものだ」

高橋奈津美は口元を緩めて浅く微笑んだ。

「雑草のように逞しく育っただけです」

軽い口調だったが、中村浩はその声に滲む苦みを聞き逃さなかった。彼女をじっと2秒見つめた後、視線を外して先に歩き出した。

「ついて来い」

高橋奈津美は思わず聞き返した。

「どこへ?」

中村浩は足を止め、振り返って彼女を見た。きょとんとした表情に、なぜか可笑しさを覚えた。

「安心しろ。売り飛ばしたりはしない」

高橋奈津美の顔に一抹の困惑が浮かんだ。

「別に……売られるかもなんて思ってません。ただ行き先を聞いただけです」

中村浩ははっきり言わないと、この子が勝手に変な想像を膨らませそうで仕方なかった。諦めるように言った。

「車で帰るだけだ。歩いて帰りたいのか?」

高橋奈津美:「……」

「分かりました」

すぐに、彼女は足を進めて中村浩の後を追った。

自分でもわからない。今日は中村浩と接している間、何度も頭が真っ白になってしまった。

この男は毒でもあるのだろうか?

近づくと思わず思考が停止してしまうなんて……

やがて二人は前後してマイバッハに乗り込んだ。

中村浩はサイドから救急箱を取り出すと、軟膏と綿棒を準備した。

「手を出せ」

傷の手当てをしてくれるつもりだと悟り、高橋奈津美は反射的に拒否した。

「いいです…家に帰って自分で処置します。すぐ着きますし」

さっきこの男に手首を握られた時のあの感覚――あまりにも未知の領域で、二度と味わいたくないと思った。

彼女と中村浩の間柄で、

こんな密接な行為はふさわしくない。

再三の拒絶に、中村浩は細い目をさらに細めた。声にはもはや反論を許さない重みがあった。

「手を出せと言っている」

高橋奈津美は眉をひそめたが、再び拒否しようとしたその時――

またしてもあの温もりが彼女の手首を捉えた。

視線を落とせば、案の定中村浩が彼女の手首を掴んでいる。

「……っ」

高橋奈津美は心底呆れ返り、そっと手首を動かして逃れようとした。

しかし、その動きをした途端、中村浩の低く重たい声が再び響いた。

「動くな」

言葉が終わらないうちに、中村浩はすでに綿棒に薬を浸し、彼女の手首に優しく塗り始めていた。

薬のひんやりとした感触が、傷の痛みを和らげてくれる。

高橋奈津美は長い睫毛を伏せ、自分のために薬を塗る中村浩の動作を見つめた。

それはあまりにも優しく、丁寧で──

普段見せる冷たい印象とはまるで違う側面だった。

そして、こんなに真剣に傷の手当てをしてくれる彼は、何か魔力を帯びているようで、目が離せなくなる。

高橋奈津美はもう抵抗せず、薬を塗らせておいた。

ただ、視線だけはたびたび、彼の完璧すぎる顔へと移っていく。

ふと気づいた。中村浩の睫毛が異常に長いことに。

長くてカールした睫毛は、マスカラを塗ったかのようで、女性もうらやむ生まれつきの美しさだ。

だが、そんな睫毛も彼の顔では女性的ではなく、むしろ神秘的な雰囲気を加え、その瞳をより深淵のように見せている。

まるで果てしないブラックホールのようで、

少しでも油断すれば、容赦なく引き込まれそうだった。

高橋奈津美は見入ってしまい、彼がいつ手を止めてこっちを見ていたのかも気づかなかった。

「見飽きたか?」

磁石のような声が耳朶に触れ、高橋奈津美ははっと我に返った。

薄笑いを浮かべた彼の顔と目が合い、

頬に抑えきれない紅潮が広がり、全身に居心地の悪さが滲み出た。

これ以上の気まずさを避けるため、彼女は話題を逸らした。

「えっと…薬は塗り終わったの?」

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