第26話 傲慢の代償
会場の観客は一斉に耳を澄ませた。
柴田崇は息を殺し、全身の筋肉がこわばった。
1秒、2秒、3秒……
3秒経った時、司会者が柴田崇に向かって満面の笑みを浮かべた。
「おめでとうございます。正解です」
静寂。
周囲は一瞬、針の落ちる音も聞こえるほど静まり返った。
十数秒が過ぎて、ようやく観客たちは我に返り始めた。
「まじか……これって……明らかな手加減じゃないか?」
「そうだよな……奈津美名医の質問でこんな簡単なものは見たことない」
「もしかして柴田崇さんと奈津美名医は知り合いなんじゃ?わざと通したとか」
「違うだろう。柴田崇さんもさっきまで緊張してたし……」
中村浩は周囲の噂話を聞きながら、細めた目に不可解な光を宿していた。
柴田崇が奈津美名医と面識がないことは知っている。
だとすれば、なぜ奈津美名医は診療権を柴田崇に与えたのか?
少し離れた席の柴田和美と柴田誠も周囲の声を聞いていた。
柴田和美は全身が硬直し、顔色が何度も変わった。
「あなた、私の耳……間違って聞こえたのかしら?柴田崇が本当に正解したの?」
柴田誠の顔色も冴えない。
「ああ……確かに正解だ。奈津美名医はどういうつもりなんだ?あんな簡単な質問をするなんて」
奈津美名医が常識外れなのは周知の事実だが……ここまで常識外れとは。まったく予測がつかない。
確かな答えを聞いた柴田和美は、慌てて何度も唾を飲み込んだ。
「これ……これからどうすればいいの?本家に財産を渡すなんて絶対嫌だわ!もし本当に渡したら、これから私たちはどうやって生きていけばいいの?」
財産を手放した後の生活水準の低下を想像すると、普段愛用している高級ブランド品さえ買えなくなるかもしれない。考えるだけで身震いがした。
柴田誠はこの点をすっかり忘れていた。
妻の言葉で初めて、賭けが双方向の約束だったことを思い出した。
今や柴田崇が勝ち、彼らが負けた。つまり財産の一部を譲渡しなければならない。
だが、そんなことできるはずがない。
もともと大した才能もない柴田誠にとって、この財産まで失ったら生きていけない。
柴田誠は前方を見て、柴田崇がこっちに気づいていないのを確認すると、急いで柴田和美の袖を引っ張った。
「行くぞ!急いで!」
柴田和美はまだ頭が回っていない。
「どこに?」
「崇君が金を請求する前に、どこかに隠れるんだ!」
柴田誠はそう言いながら、柴田和美を外へ引っ張っていった。
「しばらく外で潜伏するんだ。時間が経てば、崇君も賭けの内容なんて忘れるさ。そうすれば財産は守れる」
柴田和美はこの提案が非常に賢明だと感じた。
急いで柴田誠の後を追った。
「じゃあ早く!崇君に見つからないうちに急ぎましょう」
柴田崇は、柴田和美たちがすでに立ち去ったことを知らなかった。
柴田崇はまだぼんやりとした状態だった。
どれくらい経っただろう、ようやく我に返ると、司会者に向かって確認するように尋ねた。
「本当に……正解なのか?奈津美名医は他に質問がないって?」
司会者の笑顔は変わらない。
「はい、柴田様。あなたの回答は正解です。奈津美名医からこれ以上の質問はありません。ですので、今回の診療権はあなたのものとなります。後ほどスタッフが奈津美名医本人の連絡先をお知らせしますので、直接訪問診療の日程を調整してください」
柴田崇は呆然と頷いた。
「あ、はい……」
席に戻ると、高橋奈津美が満面の笑みを向けてきた。その美しい顔は心からの喜びに輝いていた。
「兄ちゃん、おめでとう!やっぱり崇兄ちゃんなら手に入れられると信じてたわ!」
柴田崇は後頭部を掻きながら、まだ困惑気味だった。
「いや……なぜあんな簡単な質問だったのか、俺にもわからない。もし面識がないなら、わざと手加減したのかと疑うところだ」
高橋奈津美の目がきらりと光り、さりげなく言った。
「気に入られたのかも?奈津美名医は昔から気まぐれだもの。誰にも考えが読めないわ」
「そうだな」柴田崇は懵け状態から抜け出すと、抑えきれない喜びに包まれた。
「ははは──俺ってやっぱりすごいな!奈津美名医の診療権を手に入れたぞ!帰ったら三日三晩自慢して回るんだ!」
兄の無邪気な喜びに、高橋奈津美も心から嬉しくなり、眉間にきらめくような笑みが浮かんだ。
ちょうどその時、スポットライトが彼女の顔を優しく照らし、天から舞い降りた天使のようにこの世のものとは思えない美しさを放っていた。
中村浩は偶然その瞬間を目にした。
胸に漠然とした、言葉にできない感情が湧き上がる。
そして静かに視線をそらし、軽く息を吐いてから柴田崇に向き直った。
「おめでとう」
柴田崇は笑い、何かを思い出したように少し表情を引き締め、中村浩の肩を叩いた。
「浩の祖父さんのことが気になってるんだろ?奈津美名医と日程が決まったら連絡するから、その時は俺の家に来いよ。浩の家にも診に行ってくれるよう説得できるか試してみよう」
中村浩は頷いた。「そうさせてもらう」
オークション終了後、高橋奈津美と柴田崇は屋敷に戻った。
入り口でソファに座ってお茶を飲んでいた柴田了が柴田崇を見て尋ねた。
「どうだった?成功したか?」
傍らにいた柴田了の三男・柴田正雄は軽蔑混じりに笑った。
「父さん、結果は火を見るより明らかでしょう?崇君の顔が潰れるから聞かない方がいいですよ」
柴田了の長女・柴田愛も同調した。
「そうですよ父さん。奈津美名医の診療権が難しいのは周知の事実。まして今回の競争は激しかったんですから、崇君に孝行の心があっても無理でしたわ」
柴田了も柴田崇が診療権を獲得できた可能性は低いと思っていた。
しかしそれ以上は言わず、柴田崇に手を振った。
「今日はオークションで疲れただろう。休みなさい」
柴田崇が口を開こうとした瞬間、柴田愛の声が先に響いた。
「待ってください父さん!賭けに負けた崇君が休む前に、まずは約束を果たすべきでしょう?」




