第23話 意地悪で奇妙な問
幸い、その大物は一瞥しただけで視線をそらした。警告とも忠告とも取れる一瞥だった。
高橋玲子はその視線が去ると、ぐったりと椅子に沈み込み、もうこれ以上不用意な発言はしないと決めたかのようだった。
場面は一転し、オークションステージに戻る。
わずか5分で、奈津美名医の診療権はすでに1億円まで値が跳ね上がっていた。それでも名家の大物たちは競りをやめる気配がない。
椅子に座って時機を伺っていた柴田崇と中村浩は顔を見合わせ、タイミングが来たと判断すると、前後に分かれて札を上げた。
「1億5千万円」
「2億円」
少し離れた席では、柴田家の叔母・柴田和美と叔父・柴田誠がこの様子を面白そうに見ていた。
「見てなさい!柴田崇が資金面でクリアできたとしても、最後の質問には絶対答えられないわ」
「そうだろうな。私たちはただ、彼が失敗して本家の相続財産を手放すのを待てばいい」
「長男の相続財産ってどれくらいあるの?」
「正確には計算してないが、少なくとも数億円はあるだろう」
「数億円!もう大儲けだわ!」柴田和美は目を輝かせ、興奮気味だった。
「そのお金が入ったら、前から欲しかったバッグやアクセサリーを全部買い揃えるわ。タダ同然で手に入るお金なんだから、好きに使ってやる」
柴田誠も同じく上機嫌だった。
「ああ、お前さん、全部任せるよ」
二人が甘い未来を夢想している間、奈津美名医の診療権は最終競争段階に入り、ついに8億円という価格に達していた。
最終競争に残った三人は、柴田崇、中村浩、そして海外から来た大物・永井和男だった。
司会者は壇上からこの三人の大物を見下ろし、敬意を表しながらも媚びない笑顔を見せた。
「おめでとうございます。三位が最終競争に残られました。これから奈津美名医自らが各位に質問をいたします。三人への質問はそれぞれ異なりますので、少々お待ちください」
そう言うと、司会者はスマートフォンを取り出し、奈津美名医からの質問が送られてくるのを待った。
客席の高橋奈津美はそれを見て、さりげなく自分のスマホを取り出し、画面をタップし始めた。
隣に座る柴田崇はその様子を横目で見て、思わず声をかけた。
「奈津美ちゃん、誰にメッセージを送ってるんだ?」
高橋奈津美はメッセージの編集に夢中で、兄がそばにいることを一時忘れていた。不意を突かれた質問に、まずはスマホを握りしめ、少し落ち着いてから平静を装って答えた。
「別に誰って…親友から用事で連絡が来たの。ただ座ってるだけじゃ退屈だから、ちょっと用事を聞いて、ついでにおしゃべりしてるだけよ」
「そうか?」柴田崇は半信半疑で、探るような視線を高橋奈津美に向けた。
何かおかしいとは思うが、具体的にどこがおかしいのかはわからない。
高橋奈津美は自然に笑った。「それ以外に何があるっていうの?」
そう言いながら、視界の隅で最初の質問を確認し、指先でスワイプして送信ボタンを押した。
柴田崇は高橋奈津美の話に一理あると感じつつも、どこか釈然としない思いを抱えていた。口を開き、何か言おうとしたその時、司会者の声が響いた。
「奈津美名医からの最初の質問が届きました。ただし質問の前に一点ご説明します。回答中は検索や他人への相談は一切禁止、3秒以内に回答してください。時間超過や遅延は回答放棄とみなし、診療権獲得の資格を失います。ルールはご理解いただけましたか?不明点があれば今のうちに質問してください。質問開始後は一切の説明ができませんので」
司会者の説明は簡潔明瞭で、中村浩ら三人も理解した様子で軽く頷き、質問開始を促すジェスチャーをした。
「では、問題ないとのことですので、最初の質問を始めます」
司会者の視線は中村浩、柴田崇、永井和男の三人を順に巡り、最後に永井和男に定まった。
「永井様、最初の質問はあなたへのものです。『旅止め草の薬効について答えなさい』。回答時間は3秒です」
永井和男は以前から、奈津美名医の質問の角度が非常に意表を突くものだと聞いていた。他人の話として聞くのと、実際に質問される立場になるのとでは大違いだ。今まさにそのことを痛感していた。
彼の専門はあくまで商業分野。医学に関する質問など、答えられるはずもない。
永井和男はそう考えながら、自分を待つ司会者を見て、口元を歪めて苦渋に満ちた笑みを浮かべた。
「正直に申し上げると、『旅止め草』という名前すら初耳です。ましてやその薬効など知る由もありません」
司会者は永井和男の率直な態度に、笑顔で応えた。
「ご心配なく、周様。今回は残念でしたが、来年またの機会がございますから」
永井和男:「……」
内心では思った。
来年また来たいとは思うが、
その時奈津美名医がどんな意地悪な質問をしてくるかわかったものではない。まったく油断も隙もあったものじゃない!
司会者は永井和男が黙り込んだのを見て、着席を促すジェスチャーをすると、続けて旅止め草の薬効について解説を始めた。
「旅止め草は、他の薬草と自由に組み合わせることで様々な薬効を発揮する不思議な薬草です。もちろん、その採取過程も極めて複雑で危険を伴います。旅止め草は常に雪山の頂上に生息し、極寒の環境でしか成長しません。これを採取するには、雪山の頂上まで登り、阿部寒の中を探し回らねばならないのです。その困難さは想像に難くないでしょう」
「しかし、旅止め草の薬用価値は非常に高く、今も多くの医者が危険を冒して採取に向かいます。この話をしたのは、皆様にこの薬草を知っていただくためだけでなく、医師たちの苦労を理解していただくためでもあります。一人一人の医師の努力は、皆様の深い敬意に値するものなのです!」
司会者の言葉が終わると、場内は雷鳴のような拍手に包まれた。
司会者は軽く会釈し、拍手が静まるのを待った。ちょうどその時、奈津美名医からの二つ目の質問が届いた。
スマホの振動を感じ、画面を見た司会者は、その内容に目を見張り、奇妙な表情で中村浩の方を見た。
これは……
奈津美名医の二つ目の質問は、あまりにも想像を掻き立てる内容だった。
しかし不思議なことに、どうして奈津美名医は中村家の当主に、こんな言いにくい質問をしたのだろう?




