第14話 高橋奈津美はその奈津美名医だ
「このガキめ……」
中村正治の目頭がわずかに熱くなった。
口数は少ないこの孫だが、心の底ではこの祖父のことをずっと気にかけていたのだ。
中村浩はその様子を見て、思わず微笑んだ。
「そんなに感激しなくてもいい。孫として当然のことをしたまでです」
中村正治は嫌そうなふりをして手を振った。
「ほっといてくれ。わしがそんなに感傷的な人間に見えるか?勘違いもいい加減にしろ」
中村浩は悟っていながら口を噤んでいなかった。
中村正治は返事が聞こえないので、ふと振り向いた。
二人の視線が合い、一瞬たじろいでから、同時に笑い出した。
そこには、誰もが羨むような深い祖父と孫の絆があった
柴田家、三階の窓際の部屋。
高橋奈津美が柴田崇に案内されて部屋を見て回ったばかりの時、親友の阿部遥から電話がかかってきた。
「奈津美ちゃん、奈津美ちゃん! あなたが高橋家から追い出されたって聞いたけど、本当なの?」
高橋奈津美は淡々と答えた。「本当よ」
「どうして教えてくれなかったの? 私の家に来ればよかったのに! そうすれば一人で外をさまようようなことにはならなかったのに!」
阿部遥は話せば話すほど、声に憤りを込めていた。
「私に言わせれば、これは全部高橋七海のあの白いサギの女のせいよ! 普段から養父母はあなたに冷たくても、追い出すほどひどくはなかったはず! あなたがこうなったのは、きっとあの白いサギの女が裏で糸を引いていたに違いないわ。この汚い女、機会があったら絶対にこってり懲らしめてやるからね。花がなぜそんなに赤いのか、身をもって教えてやるわ!」
阿部遥の憤った声を聞いているうちに、高橋奈津美の胸には突然温かいものが流れ込み、絵のように美しい眉目に自然と笑みが浮かんだ。
「あなたって人、噂話を半分しか聞かないのね」
「どういう意味?」 阿部遥は理解できない様子だった。「もしかして、これには裏があるの?」
「そう言えるわ」 高橋奈津美は親友に隠すつもりはなかった。
「実はこの件、高橋七海はきっかけに過ぎないの。本当の理由は、私の本当の家族が迎えに来たから。彼らにとっては、私を追い出す良い言い訳になったってわけ」
阿部遥はぱっと目を見開いた。「じゃあ、あなたは本当の家族と再会したってこと?」
高橋奈津美:「ええ」
阿部遥はさらに尋ねた。「家族はあなたにどう接してるの?家の経済状況は?田舎とかじゃないわよね?奈津美ちゃんはそんなに美人なんだから、帰った途端に年寄りの嫁に売り飛ばされるんじゃないかって心配で…もしそうなら、すぐに逃げ出して私のところに来なさい!私も裕福じゃないけど、食べ物がある限りあなたの分も絶対に用意するから!」
最後の言葉は確かに感動的だったが、その想像力の豊かさに高橋奈津美は苦笑いを禁じえなかった。
「遥ちゃんの想像力はどうしてそんなに豊かなの?私のことを心配してくれるのは分かるけど、実家の環境はかなり良いのよ。兄が迎えに来た時は十数機のヘリコプターで、専用車で広大な邸宅まで連れて行ってくれたわ。邸宅には噴水があって、水族館のようなガラスの長廊下、壁には国内外の貴重な名画が飾ってあるの。誇張じゃなく、ここにある名画を集めれば展覧会が開けるくらいよ」
阿部遥は最初の方はまだ理解できたが、後半になるほど混乱していった。
「ちょっと奈津美ちゃん、目を覚まして。窓の外を見て、今は真昼間よ。夢を見ているんじゃないわよ」
高橋奈津美は彼女がこう言うと予想していたので、目に一抹の諦めを浮かべた。
「少し大げさに聞こえるかもしれないけど、本当のことなの。東京四大財閥の柴田家、知ってるでしょ?私の実家はあの家なの。もし知ってたら、私の話が誇張じゃないと分かるはずよ」
「はは──」
阿部遥は目をぱちくりさせ、ぼーっとした状態になった。
そして突然何かに気付いたように慌てて言った。
「分かったわ奈津美ちゃん!あなたは夢を見ているんじゃなくて、ショックでおかしくなってるの!早く正気に戻らないと、本当に気が狂っちゃうわよ」
高橋奈津美は呆れ返ったように深くため息をついた
「私の言ってることは全部本当よ」
「はいはいはい」
阿部遥の返事は明らかに適当だった。
「あなたの言うこと全部信じてるわよ。天帝の娘で、下界に試練を受けに来たって言われても信じるくらいに!」
最初はただ呆れていた高橋奈津美も、ついには口元を痙攣させるほどにうんざりした。
もういい。
今の阿部遥とは、まるで鶏と鴨が話しているようなものだ。
これ以上話しても無駄だから、機会を改めてしっかり話すことにしよう。
阿部遥は高橋奈津美の返事がないのを聞き、これ以上刺激しないように話題を変えることにした。彼女の注意力をそらし、もう白昼夢を見ないようにするためだ。
「そうだ、来週私の推しのコンサートがあるの。やっと2枚チケット取れたから、一緒に行かない?私の推しのライブがどれだけ衝撃的か、体感させてあげるわ」
高橋奈津美は一瞬も考えずに断った。
「いいわ。アイドルとか興味ないから」
阿部遥は声を張り上げて甘えた。
「じゃあ、私が一人で可哀想だからってことで付き合ってよ!一人で行くのってつまらないんだもん」
高橋奈津美は眉間を揉みながら、何か言おうとしたところで、阿部遥の声がまた聞こえてきた。
「いい子だから、奈津美ちゃん!世界一優しい奈津美なら付き合ってくれるよね?コンサートの後は私が火鍋とタピオカをおごる!何でもしたいこと付き合うから!これでいいでしょ?ねえ、一緒に行こうよ?」
高橋奈津美は彼女に降参した。「その時になって時間が空いていたら、必ず付き合うよ」
阿部遥は自動的に前半を無視し、最後の言葉だけを聞いて、すぐに嬉しさで跳び上がった。
「やったー!やっぱり私の奈津美は世界で一番最高の親友だわ!」
今まさに阿部遥はベッドの上で嬉しさに跳ね回っていた。
彼女のノートパソコンのスクリーンセーバーには、整った顔立ちでハイポニーテールをした、颯爽とした雰囲気の男性が映っている。
高橋奈津美はもう少し話してから、通話を切った。
伸びをして、窓辺に行って景色を見ようとしたところ、ベッドの上の携帯がまた振動した。
見下ろすと、今度はオークションの担当の責任者である奥井翔からの電話だった。
通話ボタンを押すと、すぐに奥井翔の恭しい声が聞こえてきた。
「奈津美名医さん、お忙しいところ失礼いたします。今回のオークションにご出席いただけるかお伺いしたく…もしお越しになるようでしたら、特別個室を手配させていただきます。余計な方々のご迷惑がお掛けしないように」