第13話 彼女を絶対に手に入れる
柴田家の人々はこの言葉を聞き、顔を見合わせながら、中村正治の提案がこの婚約について最も穏当な処理方法だと認めざるを得なかった。
そのため、誰もこれ以上反論せず、暗に中村正治の意見を受け入れた。
柴田了はこの件で柴田正美が結局傷ついたことを理解し、彼女の方に向き直って優しく慰めた。
「正美、おじいさんはお前の気持ちが苦しいのを分かっている。だが考えてみなさい、たったの一年だ。あっという間に過ぎる。この件が片付いたら、改めて中村家の若者と一緒になればよい。その時には時機も熟し、誰が何と言おうと邪魔はできまい!」
柴田正美はよく考えてみると、確かにその通りだった。
浩お兄さんが高橋奈津美のような野良娘を好きになるはずがないと彼女は確信していた!
おじいさまの言う通り、たかが一年我慢すればよいのだ。
「おじいさま、分かりました。おじいさまのおっしゃる通りにします」
柴田正美の声は優しく、誰もが憐れみを感じるような従順さに満ちていた。
柴田了はそれを聞き、心から満足した。
「やはり我が家の正美は物分かりが良い。ある者のように……」
ここで彼は一呼吸置き、さっと顔を向けて、強い嫌悪のこもった視線を高橋奈津美に注いだ。
「家族に面倒ばかりかける!」
しかし高橋奈津美はこれを気に留めず、表情は静かにして波風ひとつ立てなかった。
続けて彼女は中村正治を見上げ、敬意を払いながらも卑屈にならない口調で言った。
「中村おじいさま、どうしてもこの数珠を私にくださるというのなら、一旦預からせていただきます。ただし一年後、私と中村浩さんが婚約を解消した際には、お返ししますので、その時はお受け取りください」
中村正治は最初、もう一度高橋奈津美を説得しようと思ったが、この少女の清らかで冷静な様子を見て、簡単には折れそうにないと悟った。
そこで言葉を飲み込み、彼女の要求に応じるしかなかった。
「よかろう。お前の言う通りにする。もちろん、この数珠がずっとお前の手元にあればよいが、もし本当に浩と縁がなかったなら、十の数珠を与えたところで意味はなかろう」
高橋奈津美は中村正治が承諾したのを見て、これ以上は何も言わず、簡単に挨拶した。
「では私は二階に上がります。中村おじいさまもどうぞお気をつけて」
そう言うと、彼女はくるりと背を向けて階段を上り始めた。柴田崇はそれを見てすぐに後を追った。妹に部屋を案内する必要があったのだ。
中村正治は高橋奈津美が去るのを見届け、視線を戻すと柴田了に言った。
「話すべきことはすべて話した。私はこの生意気な孫を連れて帰るとする。近いうちにまた将棋を指しに来よう」
柴田了はその言葉を聞き、中村正治の高橋奈津美に対する態度を思い返しながら尋ねた。
「一つ気になるのだが、どうして我が家のあの野良娘にそんなに親しくした?お前のやり方ではないぞ」
中村正治は笑った。「特別な理由などない。ただあの娘が私の好みに合ったというだけだ」
そう言うと、彼は少し離れた所にいる中村浩の方を見やった。
「浩、帰るぞ」
中村浩は軽く頷き、長い足を運んで中村正治の後を追った。
玄関を出て、特別仕様のロング版ベントレーに乗り込む。
シートに寄りかかりながら、中村浩はその"一年の約束"について考え、眉をひそめた。横に座る中村正治に向かって問いかける。
「おじいちゃん、俺たちは普通に婚約解消できたはずだ。なぜわざわざ一年もの猶予を設けた?一年どころか百年経ったって、あの女を好きになることなどあり得ない」
中村正治は淡々と彼を一瞥した。
「どうした?奈津美ちゃんの出自が気に入らんのか?」
中村浩は困ったような表情を浮かべた。
「おじいちゃん、俺がそんなことを気にする人間に見えるか?ただ、初めて会った時から今に至るまで、心に一片の波瀾も起こらなかった。これこそが俺たちが相容れない証拠だ。無理に結びつける必要などない」
「最初に火花が散らなくても、将来がないわけではない。感情は育てるものだ」
中村正治は明らかに、中村浩と高橋奈津美のことを強く推しているようだった。
彼は人を見る目があると自負していた。高橋奈津美という娘と浩の間には、何かしら通じ合うものがあると感じていたのだ。
一緒になれば、きっと火花が散るに違いない。
「おじいちゃん!」
中村浩は頭痛を覚えながらこめかみを押さえた。
「そんな話はいいから、まず俺の質問に答えてくれ。なぜあの一年の約束など持ち出した?」
中村正治は悠然と言った。
「その理由なら、柴田家でも話したはずだ」
中村浩:「……」
「本音を言ってほしい。おじいちゃんが気にしているのはそんなことじゃないのは分かっている」
中村正治はじっと彼を2秒ほど見つめ、やがて長いため息をついた。
「柴田家とのこの婚約は、お前のおばあちゃんの最期の願いだった。彼女はもう何年も前に逝ってしまったが、彼女が生前に果たせなかった願いなら、このわしが一つずつ叶えてやらねばならん。そうでなければ、このわしが死んであの世で彼女に会った時、何と顔を合わせればよいというのだ?」
おばあちゃんの話が出ると、中村浩の表情はわずかに動いた。しかし最後まで自分の意見を主張した。
「もしおばあちゃんが生きていれば、私の考えを聞いて、婚約解消を支持してくれたはずです」
予想外のこの言葉に、中村正治の胸は激しく上下した。
「それでは、わしが祖母を盾にとってお前を脅していると言うのか?」
中村正治の決定に賛同できないとはいえ、ここまで言われるとさすがに酷だ。中村浩は眉間を押さえ、少し語調を和らげて言った。
「おじいちゃん、そんなつもりでは――」
「はぁ、はぁ……」中村正治の突然の荒い息遣いが、中村浩の言葉を遮った。
中村浩は祖父の顔色が瞬時に青白く変わり、服の襟元を掴んで呼吸困難に陥っている様子を見て、喘息の発作だと即座に悟った。慌ててドアサイドから喘息用のスプレーを取り出し、中村正治の鼻と口に向けて数回噴射した。
薬剤が鼻腔に吸い込まれると、中村正治の苦しそうな症状は幾分緩和され、呼吸も次第に落ち着いていった。
中村浩はそれを見て、心配そうに尋ねた。
「おじいちゃん、気分はどうだ?他に不快なところは?安心のために、今から病院に行こうか」
しかし中村正治は手を振った。
「持病だ。病院に行くほどのことではない。行ったところでどうなるものでもない。少し休めば回復する」
中村浩は祖父のまだ蒼白い顔色を見て、眉を深くひそめた。
「だが……ここ数年、祖父の喘息は明らかに悪化している」
中村正治は一瞬驚いた様子を見せた後、気にしないように笑った。
「年を取ればみんなそうなるものだ。時期が来れば、お前のおばあちゃんのところへ行くだけさ。大したことではない」
「以前、私が結婚して子供を持つところをこの目で見届けてから、安心して目を閉じると言っていたではありませんか。自分で言ったことは守ってください。約束を破っては困ります」
中村浩は中村正治を見つめ、表情に決意を浮かべた。
「安心してください。今度こそ必ず奈津美名医の診療権を落札します。おじいちゃんに長生きしてもらい、私の結婚と子育てを見守ってもらいます。曾孫の成長を見届けてもらいます。それから先のことは、それから考えればよいのです」