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第12話  どうしても好きなんだ

 中村正治の視線を受け、高橋奈津美は妙な違和感を覚えつつも、礼儀正しく答えた。

「高橋奈津美と申します」

「高橋奈津美か……」

中村正治は声をゆっくりと引き延ばし、じっと高橋奈津美を見つめた。表情に大きな変化はなく、その心情を窺い知ることはできなかった。

柴田正美はこの様子を見て、心中思わず考えた。

おじいさまがあんなに高橋奈津美を嫌っているのだから、中村家のおじいさまもきっと同じように、この野良娘を嫌うに違いない。

もうすぐ高橋奈津美が中村家のおじいさまに嫌われる場面が目に浮かぶようだった!

そう思うと、柴田正美は人目につかないように口元を緩めた。明らかに面白い物見たさの態度だ。

彼女だけではない。居間にいる他の者たちも、中村正治が高橋奈津美のような小さい所から来た野良娘を気に入るはずがないと思っていた。

柴田崇でさえ、中村正治が高橋奈津美に何か酷いことを言った場合、どうやって妹を守ろうかと考え始めていた。

高橋奈津美自身でさえ、中村正治が自分を見る視線には嫌悪が含まれていると感じていた。

だがそれでも、彼女は少しも悲しくなかった。

そんな視線には慣れっこになっていたからだ。

一同がそう考えているまさにその時、中村正治は突然朗らかな笑い声を上げた。

「ははは──高橋奈津美か、実に良い名前だ!」

そう言うと、彼は高橋奈津美に手招きした。

「奈津美ちゃん、ここへ来なさい。お前に渡すものがある」

高橋奈津美が見た中村正治の表情は、紛れもなく慈愛に満ち、和やかなものだった。嫌悪の影など微塵も見られない。

これは予想と違う……

高橋奈津美は内心そう思いながらも、顔には出さず、ゆっくりと階段を降りて中村正治の方へ歩いていった。

居間にいる他の者たちもこの光景に驚きを隠せなかった。

普段から中村正治は誰にでも友好的ではあったが、それはあくまで顔見知りに限った話だ。

初対面の高橋奈津美にここまで親しくするのは、まさに前代未聞のことだった。

一同が考え込んでいる間に、高橋奈津美はすでに中村正治の前に立っていた

「何をくださるのですか?」

中村正治は子供のように、彼女に向かって目を瞬かせた。

「当ててみなさい」

高橋奈津美は少し困ったように言った。

「私たち今日が初対面ですよね。私はおじいさまのお腹の虫でもありませんし、どうして当てられましょうか」

「ははは──」

中村正治は再び笑い出した。老いた顔に深い皺が寄り、明らかに高橋奈津美を大変気に入っている様子だった。

「お前さんは実に率直な性格だ。良い、良い。わしの好みにぴったりだ」

そう言うと、彼は自分の手首にはめていた数珠を外し、無理やり高橋奈津美の手に押し付けた。

「お前さんは見れば見るほど良い子だ。この数珠は初対面の挨拶だと思って受け取ってくれ。粗末なものだが、気にしないでほしい」

中村正治の動作があまりに突然だったため、高橋奈津美は数珠を落とさないよう無意識に手を伸ばして受け取ってしまった。

我に返ると、彼女は数珠を返そうとした。

中村正治は後ずさりして、彼女の動作をかわした。

「もういい。渡したものはお前のものだ。大切に持っていなさい。遠慮する必要はない」

中村浩は、中村正治が普段から最も大事にしているあの数珠を高橋奈津美に与えるのを見て、眉をひそめた。

「おじいちゃん、どうしてあの数珠を彼女に?」

中村正治は横目で彼を一瞥した。

「気分がいいからだ。勝手にさせてもらおう。物をあげるのにまで口を挟むつもりか?」

中村浩:「……」

仕方がない。

おじちゃんの老頑固な性格を考えれば、黙っている方がよさそうだ。

中村浩だけではない。他の者たちも、中村正治がこの数珠を高橋奈津美に与えたことに驚きを隠せなかった。

というのも、中村正治のこの数珠は普通の数珠ではないからだ。

中村正治がまだ子供の頃、彼の父親(つまり中村家の前当主)が愛息子の無事を祈って、自ら寺へ赴き、高僧に開眼供養してもらった特別な数珠だった。

それ以来、この数珠は中村正治が常に身に着けているものだった。

そのため、彼を知る者なら誰もが、この数珠の由来と、中村正治にとっての重要性を理解していた。

なのに今、彼はこの数珠を、小さい所から来た高橋奈津美のような野良娘に与えたのだ。一同が驚かないわけがないだろう

誰も高橋奈津美にこの数珠の由来を教えていなかったが、彼女は一同の表情から、これが普通のものではないことを察していた。

そこで受け取らず、再び数珠を中村正治の方へ差し出した。

「この数珠はあまりにも貴重です。私には受け取れません。お返しします」

再度の拒絶にも、中村正治は相変わらず笑顔を崩さなかった。

「お前さんは本当に、良い物をもらっても受け取らないのか。馬鹿じゃないのか?」

高橋奈津美は困ったようにまた数珠を差し出した。

「受ける功なくして禄を受けるべからず。本当に受け取れません。どうかお取りください」

中村正治はさらに言った。「もしこれが、将来の孫嫁への挨拶だとしたら、それでも受け取らんのか?」

将来の孫嫁?

これは高橋奈津美の身分を認めたということ?

では自分はどうなるのか?柴田正美は慌てて柴田了を見た。

「おじいさん……」

柴田了も中村正治の真意が測りかね、軽く眉をひそめながら柴田正美を落ち着かせるように目配せした。

「慌てるな。もう少し様子を見よう」

柴田正美は心中の動揺を抑え、中村浩の反応を固唾を呑んで見守った。

中村浩が同意するはずもなく、彼は眉をひそめたまま中村正治に向かって低い声で言った。

「おじいちゃん!忘れないでください。今日は婚約解消に来たのです。私は彼女が好きではありません。無理やり二人をくっつけないでください」

中村正治は悠然と顎を撫でた。

「では、どんな女性が好みなのだ?」

中村浩はその質問に、ついこの前弾を摘出してくれたあの少女のことを思い浮かべ、心が揺らいだ。

しかし、彼女の顔さえ知らないのだから、すぐには答えようがなかった。

中村正治は彼が黙っているのを見て、今度は高橋奈津美に尋ねた。

「では奈津美ちゃんはどうだ?好きな者はおるか?」

高橋奈津美はありのままに答えた。

「今のところ、いません」

中村正治は即座に決定を下した。

「よし!お前たち二人とも心に決めた相手がいないのなら、まずは一年間付き合ってみるがよい。一年経っても互いに気持ちが変わらなければ、その時は婚約を解消し、以後それぞれ自由に婚約すればよい!」

中村浩の眉間には深い皺が刻まれていた。

「おじいちゃん──」

「もう決めた。この婚約はお前たち二人だけの問題ではない。二つの家の面目にかかわることだ。それに奈津美ちゃんが戻ったばかりの今、軽率に婚約解消などすれば、我々が彼女を尊重していないように見える。世間は中村家をどう思うだろう?」

「一年など短いものだ。その後にまだ互いを好きになれなければ、婚約は自然解消し、お前たちは自由の身になる。誰とでも好きに付き合えばよい。こうすれば、両家の関係もこの婚約によって傷つくことはない。最も体裁の良い形で幕を引けるのだ。だからわしの言う通りにせよ。これ以上は聞かん!」

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