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第1話 一生、顔を合わせるな!

 高橋奈津美は妹の罪を被り、三年もの刑期を終えてようやく出所した。その足で見たのは、両親が妹の誕生日宴を盛大に催している光景だった。

 宴は盛大で、数多くの賓客が集まっていた。

 彼女のボロボロの囚人服とは対照的に、妹の高橋七海は高級オーダーメイドのイブニングドレスをまとい、手首と首には豪華で高価な宝石を煌めかせていた。

 「七海、私の大切な娘よ。今夜は本当に美しいわ」

 そう囁いたのは、高橋奈津美の母親・高橋玲子だった。

 その表情は溺愛に満ち、高橋七海への偏愛がひしひしと伝わってくる。

 「そうだ、お母さん。今日って、姉ちゃんが刑期を終える日じゃない?」高橋七海は目を細めて笑った。

 その言葉を聞くやいなや、高橋玲子の顔から笑みが消え、眉間に陰りが浮かんだ。

 「あの厄介者を口にするんじゃない! あの子の顔を見ただけで腹が立ってくる。事故を起こして逃げるなんて、家族の顔に泥を塗るような真似を!」

 その言葉は、高橋奈津美の心を鋭い刃で切り裂くように痛んだ。息もできないほどの苦しみが胸を締めつける。 

 ――十五年前。

 あの一件で、彼女は自分が実の娘ではなく、病院で取り違えられた子どもだということを知った。

 たった一つの過ちが、彼女の人生を根底からひっくり返してしまったのだ。

 高橋七海が家に戻ってからというもの、彼らは高橋奈津美に冷たくあたるだけでなく、何かと七海をかばっては、ろくに事情も聞かずに奈津美を罰した。

 それでも奈津美は誰をも恨まなかった。自分をことごとく疎んじ、陥れようとする高橋七海さえも。

 高橋奈津美は心の底でわかっていた――自分が15年間も、高橋家の令嬢としての立場を奪っていたのだ。本当のお嬢様である七海を、外の世界で苦労させていたのだと。

 だからこそ、ただひたすら耐え続けた。この家のために尽くし続ければ、いつか両親もまた自分を受け入れてくれると信じて。

 たとえ三年前、七海が人を轢き逃げした時でさえ、奈津美は進んで身代わりに罪を被った。 

 だがまさか――出所したその日に、この光景を目にし、これほどまでに心を切り裂く言葉を聞かされるとは。

 高橋七海は奈津美が現れないのを確認すると、相変わらず善良で思いやりのある様子を装い続けた。

 「そんなこと言ったら、姉さんが傷ついちゃうじゃない。姉さんだって、わざとひき逃げしたわけじゃないでしょう? きっと怖くてパニックになったんだと思うの」

 「パニック……?」

 高橋奈津美の唇に、冷たい嘲笑が浮かんだ。

 「三年前、あなたはこの私に土下座して泣きついたじゃないか!『私が刑務所に入ったら、両親が悲しむ』って……!そんな言葉をかけられなければ、誰があなたの身代わりに三年もの刑期を務めようか!」

 「七海、あなたが優しいのはわかるけど、奈津美のような卑劣な人間のためにわざわざ弁護する必要なんてないわ」

 高橋玲子の言葉が終わらないうちに、背後で高橋奈津美の声が冷たく響いた。

 「三年前のひき逃げ事故の真犯人は、この高橋七海です」。たった一言で、宴の喧騒が凍りついた。

 賓客たちの視線が一斉に集まる中、これまで賑やかだった会場が、墓地のような静寂に包まれた。

 囚人服姿の高橋奈津美を前に、高橋玲子はまるで公衆の面前で平手打ちを喰らったような衝撃を受けた。頬が火照り、恥辱で顔が引きつる。

 「その格好は何だ!? それに今の言葉はどういう意味だ!?」

 「文字通りの意味です」

 高橋奈津美の声は静かで、表情には何の変化もない。瞳の奥には微塵の感情の揺らぎも見えなかった。

 そんな彼女の姿に、高橋玲子は一瞬、はっとした。

 目の前の娘は、いつも自分にへりくだっていたかつての高橋奈津美とはまるで別人のようだ――

 「『文字通りの意味』だなんて! つまり、あのひき逃げ事件の犯人は七海だと?」

 「そうです。彼女です」

 この言葉が会場に激震を走らせた。賓客たちが一斉にひそひそと噂し始めた。

 「えっ? 高橋奈津美さんのひき逃げじゃなかったの? どうして七海さんに?」

 「馬鹿なの? あんたみたいな単純な人間だけが、あいつの嘘を信じるのよ。七海さんは教養もあり淑やかで、社交界でも評判の令嬢なんだから。そんなことをするわけないでしょ。あんな田舎者の卑しい血筋の高橋奈津美みたいな人間こそがやりかねないわ」

 「確かに…。この高橋奈津美、自分がやったくせに、今さら七海さんを誹謗するなんて、本当に最低だわ」

 「……」

 醜い言葉の数々が高橋奈津美の耳に飛び込んできたが、彼女の顔には微塵も動揺が見えなかった。

 もとより他人の評価など気にしない。ただ知りたかったのは――両親の態度だけ。

 その思いが脳裏をよぎった瞬間、高橋玲子の手が振り下ろされた。

 「パン!」鋭い音が宴会场に響き渡る。高橋奈津美の白い頬に、みるみるうちに三本の赤い指痕が浮かび上がった。

 「よくもまあ……!この私が長年育てたのに、恩知らずの裏切り者めが!」

 その時、高橋奈津美の父親・高橋洋佑も立ち上がり、怒号を浴びせた。

 「今すぐ七海に謝れ! でなければ今夜はお前を物置小屋に閉じ込めるぞ!」

 両親の態度に、高橋奈津美の心は完全に凍りついた。

 彼女の美しかった瞳が徐々に冷たい輝きに変わり、傷ついた感情は少しずつ消え去り、代わりに誰も寄せつけない冷徹な距離感が宿っていった──

 「確かに、謝るべきですね」

 その言葉を聞き、ずっと可憐な被害者を演じてきた高橋七海の唇に、思わず勝ち誇った笑みが浮かんだ。

 しかし、次の瞬間、高橋奈津美の続く言葉に彼女は凍りつく。

 「ただし、謝る相手は高橋七海ではありません――私自身です」

 自分自身に謝罪する。

 これまでの長い歳月、無理に耐え続けてきた自分自身に。

 そう言い終えると、高橋奈津美は高橋夫妻の怒りをよそに、二人の横をすり抜けて階段へ向かった。

 もはや心に決めていた――この自分を誰も愛さない家から、永遠に去ることを。

 高橋夫妻は顔を歪ませたが、大勢の賓客の前で騒ぎを大きくすることはできず、結局は自分たちが恥をかくだけだと悟っていた。

 しばらくして、高橋七海がこっそりと階上へ上がり、奈津美の前に立ちはだかった。高慢ちきな視線を浴びせながら。

 「あんたって本当に惨めね。どれだけ頑張ったって、パパとママはあんたを愛さないの。仕方ないわ、だって私こそが本当の娘なんだもの」

 挑発的な言葉にも、高橋奈津美の瞳は微動だにせず、冷静さを崩さなかった。

 「何その無関心ぶった態度! 見かけは平然としてても、内心は泣き崩れてるんでしょ? 私の言ってること、当たってるでしょ?」

 高橋七海は鼻で笑った。「いい? 十数年この家にいたからって、両親が本当にお前を追い出さないと思うなよ」

 そう言うと、彼女は階段際まで後退し、口元に不敵な笑みを浮かべた。

 「さあ、見てて」

 次の瞬間――「きゃあっ! 奈津美、どうして私を突き落とすの!? 助けて!」わざとらしい悲鳴と共に、高橋七海は階段から転がり落ちていった。

 そのけたたましい叫び声が、一瞬で場内の注目を集めた。

 高橋玲子と高橋洋佑は階段から転がり落ちる七海の姿に、魂が飛び出さんばかりの衝撃を受けた。

 「七海――っ!」

 二人は絶叫すると、すぐさま七海のもとへ駆け寄った。

 血だらけで虚弱な姿の娘に、高橋玲子は振り仰ぎ、目を見開いて怒号した。

 「よくも……この私の娘に……!」

 高橋洋佑も鬼のような形相で吠えた。「七海に万一のことがあれば、お前の命で償わせる!」

 高橋奈津美はこの騒動の間、一言も弁明せず、ただ黙って夫妻が高橋七海を救急車に乗せるのを見送っていた。

 独り部屋に戻ると、ノートパソコンを開き、素早く操作する。やがて別荘内の各所の監視カメラの映像が次々と表示された。

 数年前、富豪の家々で相次いだ強盗事件を心配した高橋玲子が、こっそりと家中に隠しカメラを設置していたのだ。偶然にも、その存在を奈津美は知っていた。

 先ほどの階段の映像を抽出し、スマートフォンにダウンロードすると、高橋奈津美は荷物をまとめ、スーツケースを引きながら階下へ降りていった。

 執事が訝しげに尋ねた。「奈津美お嬢様、どちらへ?」

 「この家は私の居場所じゃない。行くわ」

 もはや心は完全に冷え切っており、二度と戻るつもりはなかった。

 その言葉に執事は震撼する。「ま、まさかお立ちになりとは!ご両親に一言も?」

 高橋奈津美は冷笑した。「伝えてどうする?拍手で見送ってくれるとでも?」

執事は返答に詰まった。

 「では、行き先は?」

 「実の親の元へ」

 そう言い残すと、携帯電話を執事に手渡した。

 「これをあの人たちに渡して。中に2本の動画が入っているから」

 そして、振り返ることなく闊歩して去っていった。

 高橋玲子と高橋洋佑が帰宅すると、すぐに奈津美の部屋へ向かった。こっぴどく叱りつけるつもりだったが、部屋には誰もいない。

 さらに、高橋奈津美の私物もほぼ全て消えていた。

 そこへ執事が入ってきた。

 「ご主人様、奥様、波津お嬢様は出ていかれました」

 「何だって?行った?どこへ?」

 「実のご両親の元へ行かれるとのことです」と執事が答える。

 高橋玲子は全身を震わせながら怒り狂った。「この小娘が!私の娘を階段から突き落としておいて、罰が怖くて逃げるなんて!やはりひき逃げするような人間は、畜生以下だわ!」

 「あなた、この件はこれで終わりにしないで。七海が退院したら、必ずあの子を見つけて、七海に土下座させなきゃだめだわ!」

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