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97 でぶだからって調子に乗んな

 6時間目の授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、智子は職員室を出た。


 渡り廊下を抜け、隣の校舎へ移る。


 6年1組の教室は最上階の1番端にある。


 職員室から最も遠い教室に、智子は短い足でせっせと通う。


 

 教室に近付くと生徒たちの甲高い声が聞こえてくる。


 どのクラスでも、子供たちは担任が来るまで遊んでいるのだ。


「先生来たぞ!」


 教室の数と同じだけ、この台詞が校舎内に響く。


 5年前も、10年前も、智子が小学生だった40年前も変わらずそうだった。


 ただ今年の6年1組は、「先生来たぞ!」ではなく「ともちゃん先生来たぞ!」

になっていることに、智子は心の底からムカついている。



 ようやく智子は教室に到着した。


 しかし、いつもの台詞が聞こえてこない。


 いつもならお調子者の駿が扉から半分だけ顔を出し智子が来るのを待ち構えてい

るのに、何故かその顔が見えない。


 ざわつく教室に入った智子は後方に男子が固まっていることに気が付いた。


「どうしたー。チャイムはもうとっくに鳴ってるぞー」


 智子の声に気付いた男子生徒たちは自分の席に戻っていくが、健太だけは不機嫌

そうな顔で立ったままである。


「田中、どうした? 喧嘩でもしてたのか?」


 席に着かない健太は顔を赤くしてランドセルロッカーの前で突っ立っている。


「……朝陽と駿が、俺のこと死ぬって言うから」

「は? 死ぬ?」

「朝陽と駿が俺のこと死ぬって言うから!」

「いや、同じこと2回言われても分からんのだが……」   


 怒りで感情的になる健太をなだめるように智子は言った。


「とりあえず落ち着いて説明してくれよ」


 健太は不機嫌な表情のまま、智子に説明を始めた。


「朝陽と駿が俺が扇風機に当たってたら死ぬって言った、それだけだ!」

 

 昔のプロレスラーのような台詞を吐いた健太は席に座ると頬杖をつき、ふくれっ

面で横を向いた。

 もちろん智子はなんのことかさっぱりである。

  

「田中の家の扇風機、殺人マシーンなの?」

「そんなわけないだろ!」

「じゃあちゃんと説明しろよ」

「俺んちエアコンがないから、この時季は一晩中扇風機をつけて寝てるんだ。そし

たら朝陽と駿が、『扇風機に当たり続けたら人は死ぬ』って言うんだよ! だった

ら、俺の家族全員死ぬのかよ!」

「そういうことか……」



 扇風機に当たり続けると人は死ぬ――それは智子が子供の頃からあった噂話であ

るが、真相がどうなのかは智子もよくは知らない。

 

「扇風機に当たり続けるとどうなるかは私もよくは知らないんだけど、生きてるか

らいいんじゃないの? 家族全員生きてるだろ? 誰か死んだ?」

「死んでないよ!」

「だったらいいじゃん。扇風機って戦闘機みたいでなんか格好いいしな。これから

も自信もっていこうぜ」


 智子は適当に話を切り上げようとしたが、それに昌巳が待ったをかける。


「ともちゃん先生、本当に扇風機に長時間当たり続けても大丈夫かスマホで調べま

せんか」

「えー、面倒なんだけど」

「お願いします」

「私の話だけじゃ駄目なのかよ……」


 智子はぶつぶつ言いながらも友達思いな昌巳のためにスマホで検索をした。


「扇風機に当たり続けると……体温が低下し体調不良になる、身体が乾燥してアレ

ルギー悪化の原因になる、だってさ。高齢者や子供は特に注意が必要だとよ」

「死なないけど危険っていうことですね」

「まあ、そういうことだな。でも、首振りとタイマーの機能を使えば大丈夫だろ」


 智子は適当に言った。


「それだと暑くて眠れないんですけど」

「あ?」


 健太は不貞腐れた態度で言う。


「首振りとかタイマーとか、そんなの甘えなんですけど」


 智子は健太の態度と口調にイラッとした。


「お前、でぶだからって調子に乗んなよ。でぶでも体調不良になることはあるんだ

ぞ。そっちこそ甘えんなよ」

「俺だって風邪くらい引いたことあるし。学校休んだし」

「何日休んだんだよ。どうせ1日だろ?」

「2日だよ!」

「いつだよ」

「2年の時だよ」

「2年!? 4年も前じゃねえかよ!」

「4年前でもいいだろ! 2日も熱出たんだぞ!」

「熱って何度だよ。どうせ37度5分くらいだろ?」

「憶えてないけど、多分40度とかだよ!」

「その身体で40度は無理があるだろうが! 嘘吐くな!」

「嘘じゃない!」

「いや、嘘だ!」



 4年前の風邪で熱が何度まで上がったか……こんな不毛なやり取りが、このあと

6時間目の授業の終了を告げるチャイムが鳴るまで続いた。 


 6年1組にとってこれがこの日の最後の授業になるのだが、意外と生徒たちには

好評であった。


 他人から見ればどうでもいいこの時間が、生徒たちにとっては1番の宝物となっ

ているのかもしれない。 

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