93 来年からは年2回
「おはようございます!」
朝の挨拶、一際大きな声を出したのは昌巳である。
ニコニコ笑顔でいかにも機嫌が良さそうだ。
「松田、ご機嫌すぎて鬱陶しいよ」
「すいませーん」
謝罪の言葉からも機嫌の良さが窺え、智子はさらに鬱陶しい気持ちになった。
昌巳の機嫌がいいのは、昨日欠席だった親友の健太が今日は登校しているという
のが理由らしい。
「今日は田中も登校してるし、久しぶりにクラス全員揃ったな」
最近このクラスでは夏風邪が流行っており、毎日のように誰かが欠席をするとい
う状態が続いていた。
それがおよそ2週間ぶりに全員が揃ったのだ。
「まさか、健太までウイルスにやられるとは……」
「俺、昨日風邪じゃないぞ」
冗談めかして言った蓮に健太は反論した。
「昨日は爺ちゃんの法事だったんだよ」
「あっ、そうなの?」
「お母さんからも昨日の朝、電話でそう聞いた。『今日は法事があるので欠席しま
す』って」
「……お爺ちゃん、死んだの?」
人の死を茶化してしまったと思った蓮は、気まずそうに言った。
「昨日のは法事って言ってたから、葬儀とは違うぞ。だから、田中のお爺ちゃんが
亡くなったのは何年も前だろ?」
「うん。ちょうど、10年前」
「ん? 10年前?」
「うん。10年だけど、なに?」
10年という数字に引っ掛かった智子に、健太は不思議な顔をする。
「ということは、11回忌ってこと?」
「?」
「詳しくは分からないか……でもまあ、宗教や宗派によってその辺はいろいろだか
らな。他人がとやかく言うことじゃないか」
「なに? 俺んち変なの?」
11回忌法要というものを聞いたことがなかった智子は引っ掛かりを感じたが、
他所の家の宗教に口出しするのはまずいと思い踏みとどまった。
智子は面倒なことになるのが嫌だったので話を進めようとしたが、その態度が気
になった健太がそれを許さなかった。
「どういうこと? みんなのうちは10年では法事しないの?」
「一般的な日本の仏教では、1周忌、3回忌、7回忌のあとは13回忌、17回忌
と続いていくことが多いんだけど、田中の家がそうじゃなくても別におかしくはな
いぞ。こういうのは、それぞれだからな」
智子の説明を健太は呆けた様な顔で聞く。
健太がどこまで理解ができているのか、智子は判断がつかなかった。
「爺ちゃんの法事、うち毎年やってるんだけど……」
毎年法事という言葉に生徒たちはざわついた。
さすがにそれはおかしいのではないか――それが子供なりの判断であった。
「毎年っていうのは、ちょっと珍しいかもだな」
智子は言葉を選びながら言った。
「私も去年、お爺ちゃんの法事に参加したんだけど、田中くんもお寺? 家でやる
人もいるらしいけど」
「俺は家。毎年、法事の日は親戚が集まってくる」
優花の問いに健太は答える。
「お家にお坊さんも来るっていうこと?」
「お坊さん? いや、親戚しか来ないけど?」
「お経はあげないの?」
「お経? 食事したりトランプしたりだけど?」
健太の話を黙って聞いていた智子だったが、遂にここで口を開く。
「田中よ、お前の家で行われているのは法事じゃない。パーティーだ」
「パーティー!?」
「法事という名のパーティーだ」
「法事という名の……」
健太は智子からの予想外の言葉にショックを受け、わなわな震えている。
「ちなみに、食事は出前の寿司か?」
「いや……焼き肉」
「パーティーだ」
「……」
「お爺ちゃんの遺影、写真は家のどこかに飾ってあるか?」
「いや……ない」
「パーティーだ」
智子の言葉に打ちひしがれた健太を見て、クラスメイトたちは少しかわいそうに
なってきた。
「俺んちは、毎年法事という名のパーティーを親戚一同でやってたのか……」
「わざわざ学校休んでな。でも別にいいんだぞ、そういう宗派があっても」
智子は田中家への配慮を忘れない。
なぜなら、「生徒や保護者の多様性には最大限配慮すること」という通達が文部
科学省から全国の教師に届いているから。
智子は将来年金を満額でもらうため、田中家の「法事パーティー」をも受け入れ
たのだ。
「来年からは年2回やる予定なのに……」
健太は独り言のように呟く。
「12回忌、12,5回忌……」
健太の家では来年から、「ハーフ成人式」みたいな「0,5回忌法要」を営むら
しい。
それも多様性だよなあ……どうでもいい他人の家のことを、「多様性」という言
葉で片付ける智子なのであった。




