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 ぺた ぺた ぺた ぺた ぺた ぺた



 休み時間、この日の最高気温は36度なので生徒たちは運動場に出て遊ぶことが

できず、教室で過ごしている。


 外で遊ぶのが好きな生徒にとっては退屈な時間だが、でぶで暑がりな昌巳にとっ

てはエアコンの効いた教室で過ごせるのは好都合である。


 いつもは仲のいい健太と一緒にいるのだが、家の都合で健太が欠席のため昌巳は

1人で席に座り、静かに過ごしている。



 智子が気になったのは昌巳の奇妙な行動についてであった。


 昌巳はずっとノートになにかを描いていた。


 1時間目のあとの休み時間も2時間目のあとの休み時間も、ずっと1人で机に向

かい、夢中でなにかを描いていた。


 それがこの3時間目のあとの休み時間、手に持つ道具が鉛筆からセロテープに変

わった。


 昌巳はそのセロテープをちょっとずつ、ちぎっては貼り、ちぎっては貼りを繰り

返し始めたのだ。 



 ぺた ぺた ぺた ぺた ぺた ぺた



 智子は離れた場所からそれを見ていたが、納得のいく答えを思いつくことができ

ず、仕方なく本人に聞きにいくことにした。



「おい、松田」

「ん? ともちゃん先生?」

「さっきからなにしてるんだよ。そんな宿題、出してないよな」

「ああこれ? 絵を描いたんだ」


 そう言って昌巳は手元にあるノートを智子に見せた。


 ノートには、「鬼滅の刃」のキャラクターが描かれてあった。


 智子はその作品を見たことがないが、そこに描かれているのが主人公とその妹で

あることは、なんとなく知っていた。


 昌巳が描いたその絵は上手くもなく、かといって下手というほどでもない、いか

にも小学6年生が描きましたという出来であった。



 奇妙なのはその絵の上にセロテープが貼られていることだった。


 刀を構える主人公の頭からつま先まで、昌巳がさっき一所懸命にちぎっていたセ

ロテープが隙間なく貼られていた。


(なんだこれ?) 


 智子にはそのセロテープの意味が皆目見当がつかなかった。


 なんとか導き出したのは、そのキャラクターの使う技と関係をしているというも

のだったが、作品を見ていない智子には判断ができなかった。


「なあ松田」

「なに」

「このセロテープってなんの意味があるの? 作品を見てないから分からないんだ

けど、セロテープの呼吸?」


 智子の言葉に昌巳は爆笑した。


「セロテープの呼吸ってなんだよ! 大正時代にセロテープってあったのかよ!」

「いや、知らんけど……」


 1人で爆笑する昌巳に智子は少し引き気味である。


「じゃあ、なんだよこれ。バリアか?」

「だから、鬼滅にバリアとかないから!」


 智子はいい加減、腹が立ってきた。

 早く答えを知って自分の席に戻りたいと思った。


「お前は絵を描くたびにセロテープを貼ってるんだな? そういう性質か?」

「違うよ。上手く描けた時だけだよ」

「は? 上手く描けた時?」

「そう。そっちの炭治郎は上手く描けたからセロテープを貼ったけど、こっちの禰

豆子はあんまりだから貼らない」

「上手く描けるとセロテープを貼るの?」 

「うん。ほら、こっちも――」


 そう言って昌巳はページをめくり、セロテープを貼った絵と貼ってない絵を智子

に見せていく。

 忍者の絵や野球選手の絵、ポケモンの絵が描かれており、その内の大体3割ほど

の絵にセロテープが貼られていた。


 昌巳の感じる上手い絵とそうでない絵の違いが、智子にはいまいちよく分からな

かったが、それ以上にセロテープが貼られている理由が謎であった。


「このリザードンが1番のお気に入りで、その次がこっちのハクリューかな」 

「それはいいんだけど……」

「なに? ともちゃん先生」 

「そのセロテープはなんなの?」

「なんなのって?」

「なんの意味があるの?」

「消えるのが嫌だから貼ってるんだけど?」

「消える? 消えるってなに?」

「隣の絵とかを消す時に間違って消しゴムで消したら嫌でしょ?」

「……」


 昌巳が自分の描いた絵にセロテープを貼る理由は、智子が想像だにしないもので

あった。


 隣の絵を消す時に、間違ってお気に入りの絵の一部も消してしまうかもしれない

から……。

「そんなことあるわけないだろ」と思ったが、昌巳と喧嘩をしたいわけではないの

で、智子は早々とその場を離れることにした。


「ピカチューも上手に描けるといいな」

「うん!」



 自分の席に戻る智子は、窓から降り注ぐ夏の日射しを左半身に受けつつ、「セロ

テープもったいねえ……」と心から思うのであった。

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