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90 りんだりん

 社会の授業中、智子は思い出したように言った。


「この間、選挙があったけど、みんなってどれくらい興味があるもんなの?」

「選挙権がないから興味なんかないよ」


 蓮は素っ気なく答えた。


「まあ、そうか。そんなもんだよな」

「私は女性議員の数がもっと増えればいいなって思ってる」


 愛梨は真剣な表情で答えた。


「それな。確かにな」

「私は夫婦別姓法案を1日も早く通してほしい……」


 かよわい声でそう訴えたのは芦田凛だった。


「夫婦別姓か。他の国では当たり前らしいな。日本ではなんで駄目なんだろうな」

「早くしてもらわないと困る……」

「困る? なに? 実害? 実害が出てるの?」


 智子は凛の話し方から、ただならぬ空気を感じ取った。


「私の名前が凛だから、『丹波』っていう人と結婚したら、『タンバリン』になっ

ちゃう……」


 凛は今にも泣きそうな顔をしている。


「タンバリン! いいじゃん! お手軽打楽器!」

「ともちゃん先生! 凛ちゃんは本気で悩んでるんです! ちゃんと話を聞いてあ

げてください!」

「はいはい。なんだよ、冗談も言えないのかよ。っていうかいいじゃんか、タンバ

リン。離婚してその次はバイオさんと結婚して、『バイオリン』にレベルアップし

ちゃえよ」

「バイオなんて苗字はないし、バイオリンがタンバリンより上なんて言ったら、タ

ンバリン奏者の人たちに怒られますよ」


 真美は智子をたしなめるように言った。


「どう考えてもバイオリンの方が上だろうが! バイオリニストのワールドツアー

はあるけど、タンバリン奏者のなんかないだろ!」

「あるかもしれないじゃないですか……」

「ねえよ! 誰が見にいくんだよ! 人類はそんな暇じゃねえんだよ!」

「私は行きます。タンバリンの音聞いてると楽しげな気分になるし」

「ほんとだな? タンバリンだけの公演だぞ?」

「タンバリンだけ?」

「もう嫌になってるじゃねえかよ!」

「嫌じゃないです。タンバリンだけでも行きます」

「ほんとだな? 120分公演だぞ?」

「120分も?」

「『も』って言ってるじゃねえかよ! うんざり感、出してんじゃねえよ!」 


 珍しく智子に対して真美が劣勢である。

 やはり、タンバリン単独ワールドツアーには無理があるようだ。


「芦田の好きな人が丹波さんっていうことなの?」


 智子と真美の言い合いを止めるため、朝陽は凛に質問をした。


「いや、違うけど……」

「だったら気にしなくてもいいんじゃないか。丹波っていう苗字の人ってそんなに

は世の中にいないよね?」


 それはそうだという空気が教室の中に漂う。

 しかし、凛はそれでは納得しなかった。


「ネットでいろいろ調べたんだけど、都合の悪い苗字が結構あって……」

「都合の悪い苗字ってなんだよ!?」


 驚く智子に対して凛は弱々しい声で話す。


「林に下で、『りんか』っていう苗字があって……」

「りんかりん!」


 生徒たちはざわついた。

 りんかりん……語呂が良すぎる。


「輪っかの輪に湖で、『りんこ』っていう苗字もあって……」

「りんこりん!!」


 生徒たちはさらにざわつく。

 りんこりん……さらに語呂がいい。


「5文字の名前は、ただでさえ言いやすいからな。その中に、『りん』が2つとな

ると爆発力が半端ないな」

「もっとすごいのが……」

「まだあるのかよ」

「輪っかに田で、『りんだ』……」

「りんだりん!?」


 生徒たちは息を飲んだ。

 奇妙な名前ではあるが、ちょっと羨ましくもあった。


「お父さんからは、『昔流行った歌みたいだ』って言われました」

「リンダリンダ、ブルーハーツだな」

「え? リンダリンダ?」

「そういう歌があるんだよ」


 リンダリンダを知らない生徒たちはピンとこなかったが、「りんだりん」の語呂

の良さは理解ができた。

 

「それ以外にも、『りんかわ』とか『りんごう』とか『りんさか』とか、りんの付

く苗字が結構あるんです……」

「それは、都合が悪いな……」


 智子はわざわざそんなことを調べて勝手に落ち込んでいる凛のことが面白かった

が、一応教師として話を合わせた。


「1番都合の悪い苗字があって……」

「まだ上があるのかよ」

「林1文字で、『りん』って読む地域があるんです……」

「リンリンだ!!」


 今日1番、教室がざわついた。

 努めて平静を装っていた一部の生徒たちも、リンリンという驚異的な響きには勝

つことができなかった。

 沈んだ凛の表情とは裏腹に、クラスメイトたちのテンションは最高潮だ。


「パンダだ! リンリンってパンダだ!」

 

 中でも1番のはしゃぎっぷりを見せているのは、もちろん智子である。


「もう今から和歌山に行って飼われちゃえよ! 大事にしてもらえるぞ!」

「なんで私が動物園に行かなくちゃいけないんだすか……」

「動物園じゃねえよ! アドベンチャーワールドだよ!」

「一緒です!」



 一切親身になって考えてくれない智子に凛は悲しい気持ちになっていた。

 

 一方、智子は嬉しかった。

 

 将来自分の教え子の名前がパンダと全く同じになるかもしれない、それだけでも

教師になってよかったと胸を張って言える気がした。



 智子はパンダに対して特別な関心があったわけではないが、これからは大好きに

なるかもしれない……そんな予感がひしひしとするのであった。

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