9 信じてくれた!
6時間目が終了すると、残るは終わりの会のみである。
そこでは先生からの連絡の他に生徒からの問題提起がなされることがあり、その
場合は「終わりの会」が「学級会」に早変わりすることになる。
そしてこの日も、また……。
「はい。仁藤くん」
終わりの会の進行役である委員長の真美が、挙手をしていた陸斗を指名した。
「今日の習字の授業が終わって机の中を見ると、くしゃくしゃに丸められた半紙が
入っていました。北山くんの名前が書いてありました。すごく嫌な気分になりまし
た」
言い終わると陸斗は着席した。
(これから学級会が始まる)
緊張感とともに、そんな空気が教室内に流れた。
一般的に、学級会が好きな小学生などほとんどいない。つまり、「これから学級
会が始まる」というのは、教室内に澱んだ空気が流れるということに等しい意味を
持つ。
進介は普段、自分の意見を言うことは滅多にない。しかしだからといって自分の
考えが無い訳ではなく、むしろ頭の中では他の生徒よりも様々な思いが渦巻いてい
る。
(なにを言ってるんだよ、陸斗! 1年生じゃあないんだから、そんなことでいち
いち時間を取るな! お前が我慢すればいいことじゃないかよ! 我慢できないの
ならその時に言え! その時に自分で解決しろよ!)
心の中で進介は、加害者の駿ではなく被害者の陸斗に毒づいていた。
それはさておき、生徒たちは智子の顔色を窺っていた。
なぜなら、学級会の行方というのは基本的に担任教師の姿勢によって大きく左右
されるものだからだ。それによってこれから1年間の学級会の時間や回数が決まっ
てくる。
25人の視線が智子に集まる。
顔色を窺う生徒たちに対し、智子の口から出たのは意外な言葉であった。
「で、仁藤はどうしたいんだ?」
「え……」
悪さをした駿ではなく、自分が名指しされたことに陸斗は戸惑った。
「お前がそういう被害を受けたのは分かった。それに対して仁藤はどうすべきだと
思う?」
「……」
「北山を立たせて、みんなで問い詰めたいか? どうしてそんなことをしたんです
か? 相手が嫌がるって分からなかったのですか? 分かるのにどうしてそんなこ
とをしたんですかって、みんなでやりたいか?」
「いや……」
「私はそんなことよりも、机の中にごみを入れられたら普段は仲の良い友達であっ
ても嫌な気分になるっていう仁藤の気持ちをみんなで理解して、二度とそういうこ
とがこのクラスでは起こらないようにすることが大切だと思う。どうかな?」
「はい。ぼくもそう思います」
「よし。みんな、今の仁藤の話はちゃんと聞いたな。今回、仁藤は勇気を出して被
害を訴え、正直に自分の気持ちを話してくれた。みんなも机の中にごみを入れられ
たら嫌な気持ちになることは理解できるよな? だったら今後はそういうことはし
ないように。いいな?」
智子の話にクラスメイト全員が返事をする。
「北山、今回はこれで終わるけど、次また同じことをしたら、その時はしっかりと
話を聞くからな」
「はい」
普段はへらへらしがちな駿だが、今は引き締まった表情をしている。
「よし。他に何かある者はいるか? 無さそうだな。市川、ありがとう。じゃあ、
今日はここまで」
帰りの挨拶をし、生徒たちはランドセルを背負い、仲の良い友達と連れ立って笑
顔で教室を出て行く。
「ともちゃん先生、さようなら!」
「おう、また明日な」
「ともちゃん先生、さようなら!」
「おう、さようなら」
「ともちゃん先生、さようなら!」
「なんだよお前ら、挨拶ならさっきみんなでしただろ?」
「ともちゃん先生、さようなら!」
「はいはい、さようなら」
生徒たちは嬉しかった。今までの担任の先生だと、ああいう場合は必ず学級会に
なっていた。
しかしともちゃん先生は違った。説教すらしなかった。ともちゃん先生は自分た
ちを信じてくれたのだ。そのことが、生徒たちはたまらなく嬉しかった。
一方智子はというと、そんな生徒たちの気持ちをいまいち理解しきれず、「なん
かこいつら今日はやけにハイテンションだな」などと呑気に思っていたのだった。
「ともちゃん先生、さようなら!」
「分かったよ! さようなら!」