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89 大スケベ

「おい、高平」

「はい」


 智子は給食後、掃除道具を取りにいこうとした進介を呼び止めた。


「運動会の練習の時の男子とはあれからどうなった? うまくやってる?」

「えーと……小道大介のことですか?」

「そんな名前だったっけな。お前たちが練習の時に調子に乗らせたぽっちゃり」

「大介ですね」


 進介は5月の運動会の徒競走の練習の時、手を抜いて走り、大介とデッドヒート

を演じたことがあった。


 足が速いと思っていた進介を相手に接戦だったため、大介はレース後調子に乗り

「次はぼくが勝つからね!」と宣言したのだった。


「で、どうなんだ? 仲直りというか、険悪な感じにはなってないだろうな」

「まあ……」


 進介の顔が曇る。


「おいどうした。喧嘩でもしてるのか?」

「いえ、そんなことはありません。ただ、あいつとはそもそもあまり仲が良くない

ので……」


 その言葉が智子には意外だった。

 普段の1組での様子から、進介は誰とでも仲良くできるタイプなのかと思ってい

たからだ。


「仲良くないの? 意外だな。高平にもそんな相手がいるんだな」

「別に険悪ではないですよ。ただ、仲が悪いというか、苦手なんです。あいつのこ

と」



 進介は2年の時、大介と同じクラスであった。


 進介はクラスの男子たちと仲良くやっていたのだが、その中でも唯一の例外が大

介であった。



 そのクラスには裏番長のような女子がいた。

 名前は橋田詩織といい、痩せ型で目つきは鋭く、いかにも性格の悪そうな顔をし

ていた。


 その詩織と大介は仲が良く、さらに数人の女子を含め、いつも行動をともにして

いた。

  

 その詩織に進介は嫌われていた。

 進介には嫌われる理由が分からなかった。

 いつものように登校しいつものように学園生活を送っていただけなのに、気が付

くと嫌われていたのだ。


 詩織の嫌いなものは大介の嫌いなものである。

 その日から進介は、2人を含むそのグループから執拗な攻撃を受けることとなっ

た。

 

 

「バカヒラシンスケベー」

「バカヒラシンスケベー」


 高平を「バカヒラ」、進介にベを付けて「シンスケベ」、幼稚な攻撃ではあるが

当時7才の進介にとっては十分に腹立たしいものであった。


「バカヒラシンスケベ、無視するなー」

「バカヒラシンスケベ、こっち見ろー」


 休み時間、椅子に座っていた進介の背中に浴びせられる悪口と挑発、我慢の限界

にきた進介は振り返る。


「きゃー! バカヒラシンスケベがこっち見たー!」


(お前らが見ろって言ったんじゃないかよ!)


「バカヒラシンスケベなんかが橋田さんのこと見ないでよね! 腐るでしょ!」


 発言の主の大介は普段から所謂、「オネエ言葉」を使っていた。


「ねー、橋田さん、バカヒラシンスケベなんかに見られたくないよねー」

「うん」


 多勢に無勢の進介は不愉快ながらもなにも言い返さず、また前を向き次の授業が

始まるのを黙って待つ、そんな日が何日か続いた。


 

 その日もまた進介は鬱陶しい攻撃に耐えていた。


「バカヒラシンスケベー」

「バカヒラシンスケベー」 


 聞かないようにしようとしても自然と入ってくるその言葉。


 その時、ふと進介の頭にあるアイデアが思い浮かんだ。


(小道の名前って大介だったよな……ということはあいつってダイスケベ、「大ス

ケベ」じゃん!)


 気の弱い進介は普段、相手を攻撃するということがなかったため、こんな単純な

ことにさえ気が付かなかったのだ。


 しかし気付いてみればこっちのもの、進介は迷わず手に入れたその武器を行使す

ることにした。


「きゃー! バカヒラシンスケベがこっち向いたー」

「おい」

「なによ、バカヒラシンスケベ。話しかけるのもやめてよね」

「お前の名前って大介だよな。だったらお前は、『大スケベ』じゃないかよ!」


 進介の発言をきっかけに教室内は静寂に包まれた。


 進介は、「決まった」と思ったし、教室にいた他の生徒たちも皆そう思った。


 その位、この発言は会心の一撃であった。


 それは詩織も認めることであり、その証拠に性格の悪そうないつもの顔がその時

は下痢を我慢する赤鬼のような、地獄でしか見られない表情に変化していたのだっ

た。


 しかし、大介は違った。

 大介だけはピンチだとは思っていなかった。

 進介の会心の一撃からわずか2秒後、大介は言った。



「そうだもーん。ぼく、大スケベだもーん」



 それは完璧なカウンターアタックであった。

 150年を越える滝小学校の歴史の中でも有数のユーモアであった。



「あれを言われた瞬間、全く悔しくなかったんです。ただただ、『オネエには勝て

ない』って思ったんです。本気で思ったんです……」


 それを言う進介はなぜか半笑いである。


「確かに2年生でそのリアクションはすごいな。さすがオネエだ。オネエは才能あ

るやつ多いからな」

「そうなんですか?」

「そうだ。ちなみにそれを聞いた時の橋田詩織の反応はどうだったんだ? まだ地

獄の顔をしてたか?」 

「いえ、犬に芸をさせる人みたいでした」

「ん? ドッグトレーナー?」

「そうです。勝ち誇った顔してたんですけど、飼い犬が完璧な芸を決めた時のドッ

グトレーナーの顔をしてました」

「そうか……」

  

(高平には2人が主従関係に見えたんだな……)

 


 子供は時として残酷だ。


 進介が大介を犬、詩織を飼い主と例えたのは、まさしくその表れであろうと智子

は解釈した。


 他の教師なら、「そんなこと言うものではありませんよ」と注意をしたかもしれ

ないが、智子の場合は自分自身がそれ以上に口が悪いため、最早この程度ではなん

にも感じないのであった。


(今度、その橋田ってやつを見にいこう。どんな性格の悪そうな顔をしてるんだろ

う。人間の性格って顔に出るからなあ)


 智子はちょっとだけ、わくわくしていたのだった。

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