83 1年生と遊んであげる
昼休みは智子にとって、欠かすことのできない心の充電時間である。
体力が6才児並みとはいえ、午前中の授業だけでバテるにはまだ早い。
休みの日は昼食後、同居する母親と一緒に昼寝をすることもあるが、基本的には
それがなくとも夜までは耐えられる。
ただし、夜は毎日10時前には寝る。
夜ちゃんと寝ているから、仕事中は午後の授業でちょっと瞼が重くなるくらいで
大きな問題なく職務を全うできている。
そんな智子でも、昼休みはできるだけボーッとしていたいというのが本音だ。
そのことを知っているから同僚の先生たちも休み時間、特に昼休みはできるだけ
智子には話しかけない様に気を遣っていた。
しかし生徒はそうではない。
この日、職員室に飛び込んできたのは春馬だった。
「ともちゃん先生」
「ん? なんだ? 勉強のことならAIに聞いてくれよ」
智子はAI推進派だった。
「違います」
「じゃあなんだ? 勉強じゃないなら恋の悩みか?」
「健太と昌巳が運動場で1年生を泣かしちゃいました」
聞いた瞬間、ストレスで智子の顔はムンクの叫びのように歪んだ。
「またあいつらかよ!」
智子はそう叫ぶと、椅子から降り、どかどかと職員室から出ていった。
校庭の隅に10名ほどの人だかりができている。
身体の小さな子たちと見知った顔ぶれ。
小さな子たちが1年生なのだろうと智子にも容易に想像ができた。
その中の1人の男子が目元を手でおさえて泣いているようだ。
「随分と御機嫌だな、上級生たちよ」
智子はまず、自分のクラスの生徒たちに軽いジャブを放った。
「問題を起こしたのは健太と昌巳です。俺たちは関係ないです」
朝陽と一緒にいる蓮は迷惑そうに言った。
「田中と松田だろ? 明石から聞いてるぞ。また1年生をストレス解消の捌け口に
したらしいな。あ? 早く説明しろよ」
健太が口を開く。
「1年生がかくれんぼをしてたから、俺たちも一緒に混ぜてもらっただけなんだけ
ど……」
「それだけか?」
「はい」
「じゃあなんで1年生は泣いてるんだよ」
「それが分からなくて……」
健太と昌巳は本当に意味が分からないといったふうである。
「お前ら、そこにいろ」
智子は2人をその場に待たせ、1年生たちに話を聞くことにした。
「きみたちは1年生?」
「はい」
男女合わせて6人の1年生が鉄棒の前で固まって立っている。
その中の男子の1人が嗚咽を上げて泣いており、他の5人はその周りで困ったよ
うな顔をしている。
「私のこと知ってる?」
「はい、ともちゃん先生です」
智子は面識のない1年生にまで、「ともちゃん先生」と呼ばれるのに多少の苛立
ちを覚えつつも、今は関係のないことなのでグッと我慢をした。
「じゃあ、先生に今ここであの6年生たちとなにがあったのか教えてくれる?」
智子の問いに応え、グループの中で最も利発そうな顔をした女子が説明をするこ
ととなった。
「昼休みが始まって私たちは6人でかくれんぼを始めました。そうしたら途中であ
の2人の6年生がやってきて、『俺たちも一緒にやろうぜ』って言ってきました。
知らない人だったんで嫌だったんですけど、オニを決めるじゃんけんが始まって、
俊太くんがオニになりました。俊太くんはすぐに私たち5人を見つけてアウトにし
たんですけど、あの2人のことをアウトにできなくて泣いてしまいました」
「その子、俊太って言うの?」
「はい、小西俊太くんです」
「俊太くん、どうして泣いちゃったのか理由は言える?」
「……分からなかったから」
「え? 分からなかった? なにが分からなかったの?」
「……2人のこと見つけてたけど、名前が分からなくてアウトにできなかった」
「あー……そういうこと」
俊太が泣いた理由は驚くほどに単純なものだったが、その子の年齢を考えれば理
解のできる内容であった。
1年生たちの話を聞いて、智子は改めて情けなくなってしまった。
(6年生にもなってなにをやってるんだ、あいつらは……)
智子は健太と昌巳の2人を呼びつけた。
「聞いたんだけど、1年生とかくれんぼしたのか?」
「はい」
「オニになった子はお前らをアウトにできなくて泣いちゃったらしいぞ」
「えっ、でも俺たち本気では隠れてない」
「多分、俺たち2人ともその子に見つかってたと思うけど」
「その子はな、名前が分からなくてお前らをアウトにできなかったんだよ」
「「えっ!?」」
智子から告げられた事実に健太と昌巳は驚愕した。
「かくれんぼって名前言わないとアウトにできないの?」
「普通はそうだろ」
「『そこ!』って言えばいいじゃん」
「相手が身体の大きな上級生だと言えないこともあるだろうが」
「俺なら言うけどなあ……」
健太と昌巳は上級生とはいえまだ子供なので、自分本位でしか物を考えることが
できなかった。
「人がみんな、お前らみたいに神経が図太いわけではないからな。覚えておけよ。
あと、知り合いでもない上級生と遊んで喜ぶ下級生なんていないからな」
「え!? それは言い過ぎじゃね!?」
「お前らは本当に馬鹿だなあ。お前ら上級生は下級生と遊んであげてるって思うだ
ろ? その時点で下級生からしたら、うざいんだよ。大体お前ら何様なんだよ。お
前らだって所詮は小学生じゃねえかよ。その程度の分際で他人を楽しませる力があ
ると思うなよ」
「……」
2人が下級生を泣かせたことに対する苛立ちから、智子の言葉はいつもに増して
鋭くなっていた。
「そもそも、お前らのどっちかがオニやれよ。なんでお前らが隠れる側なんだよ」
「それは公平にじゃんけんしたから」
「1年生相手に公平に楽しもうとしてんじゃねえよ!」
2人は智子に叱られ、しゅんとなってしまった。
「俺、1年の弟がいるから気持ちは分かるつもりだったんだけどなあ……」
「お前らは自己評価が高すぎる。もっと謙虚に生きろ」
智子は改めて2人に釘を刺した。
「きみたちは1年何組? 1組? じゃあ、先生と一緒に教室に戻ろうか」
智子は6人を引き連れて、1年生の教室のある校舎へと向かった。
残された6年1組の男子生徒たちも三々五々、散らばっていく。
校舎の中に消えるまで智子たちの背中を見つめ続けた健太と昌巳の2人も、昼休
みの終わりを告げるチャイムの音が耳に入ると、ゆっくりと足を動かし、自分たち
の教室を目指すのであった。




