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8 不死身

「みんな、今日はちゃんと習字道具は持ってきたなー」  


 智子は教室を見渡す。忘れたものはいないようだ。


「このクラスになって2週間ちょっとが経過したが、このタイミングでみんなには

これから来年3月の卒業までの1年間の目標を書いてもらう。書いたものは教室の

上の方に貼り出すからな」


 貼り出すという言葉に、習字に自信の無い生徒から「えー」という不満の声が上

がった。


「字が上手いか下手かは関係ないぞ。重要なのは、今お前たちが何を考え、何を課

題として捉え、そしてこれから1年をどう過ごすかだ。それを紙に書いて示してく

れ。何を書くかは家で考えて来てくれただろ?」


 この授業のことは前日の終わりの会で伝えてあった。


「では、始めてくれ」


 智子の合図とともに筆を執る生徒たち。皆、真剣な表情だ。


 智子は教師になって以来、毎年この課題を生徒たちに出し続けている。生徒たち

が真剣に考えて出した「目標」とそれを達成するための「努力」、そのどちらもが

子供たちを成長に導くと智子は信じている。



 しかし、30分もすると生徒たちの集中力は切れ、そこかしこから話し声が聞こ

えてくる。特に男子の中には、まるで休み時間と勘違いしているかのような奇声を

上げるものまでいる始末だ。

 以前の智子ならば、間違いなくそんな生徒たちに雷を落としていただろう。だが

今の智子はこの程度では叱らない。

「この程度のことで叱っていたら体力が持たない」というのがその理由だが、もし

かしたら例の落雷により性格自体も変わってしまったかもしれないと智子は少しだ

け自分のことが分からなくなっていた。



「ともちゃん先生、これでいいですか?」


 複数の女子たちが書き終えた半紙を持ってくる。


「今回のは私の許可は取らなくてもいいぞ。それぞれ自分自身が良いと思ったら完

成だ。できたものから順次、私の所に持ってきてくれ。墨が乾いてからなー」


 智子の言葉に、半分ほどの生徒が反応し立ち上がった。


 智子の席に集まってくる生徒たちの「1年の目標」。智子はわくわくしながら、

それらを目で追った。


 まずは女子たちのものから見ていく。


「協力」「努力」「一生懸命」「和」「草魂」……。


(草魂って懐かしいな。昔の野球選手の言葉じゃないか。お父さんの影響かな)


 続いて男子たち。


「一生懸命」「全力」「点検」「ひろい心」「不死身」……。


(え……。不死身? なんだこれ……。不死身?)


 不死身と書かれた下手な字の横には「北山駿」の名が不安定に書かれている。


 智子は駿の姿を目で探した。

 課題を提出した男子たちは一箇所に集まり、騒いでいる。その中に駿の姿もあっ

た。

 

(北山って小柄で足の速いあいつだよな。どうして奴は1年の目標でこれを書いた

んだ? 「不死身」の意味を知らないのか? それとも「目標」の意味を理解して

いない?)


「おい、北山。ちょっと来てくれ」

「え? 俺?」


 呼ばれたことが嬉しかったのか、駿は笑顔で智子の元へとやってきた。


「これなんだけどな」


 駿が提出した「不死身」と書かれた半紙を手に取る智子。


「今年一年の目標が不死身ってことでいいんだな?」

「はい。不死身です」


 駿はきょとんとした顔で答えた。


「目標だぞ? 目標がこれか? 本当にいいのか?」

「はあ……」

「目標っていうのは、自分がどうしたいっていう目印みたいなものだ。お前はこれ

から1年、このクラスで不死身でいたいのか?」

「はい。不死身です」

「ふっ、不死身か? 別の言葉と間違えてないか?」

「いえ。不死身です」

「不死身って、ゲームとかアニメに出てくるようなやつだよな?」

「あの……」

「なんだ?」

「昨日、辞書で調べたんですけど、不死身って死なないっていう意味の他に困難に

負けないっていう意味があるんですよ」

「……不死身の人か」


 智子はスマホを取り出し、「不死身」の意味を検索した。



  不死身①不死であること。 

     ②どんな困難にもくじけないこと。



「確かに、どんな困難にもくじけないことってあるな」

「それならよくないですか?」

「そうだな。すまん。私の勘違いだった。よし、これでいいだろう」


 北山は男子たちの輪に戻って行った。


(不死身か。長くこの仕事を続けてるけど、まさかこんな目標を目にする日が来る

とはなあ。いろんな考えの生徒がいるもんだなあ)



 果たして駿は、これから1年どんな困難に直面するのだろう。そして駿はその困

難にくじけることなく乗り越えられるのだろうか。


 智子は再び訪れた新たな出会いに、胸が躍るのであった。

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― 新着の感想 ―
なるほどー精神的な不死身ってことなのね。 初めて知った。
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