79 ぱつぱつズボン組
「異常気象だ」
教卓に手をついた智子は生徒たちに演説をぶつ。
「なんと今朝のニュースで、梅雨前線が復活したと気象予報士が言っていたぞ」
「俺も見た! だから今日も雨なんだよ!」
「私が今その話をしているから、お前は黙ってろ田中」
6年1組では最近、「お前は黙ってろ田中」が秘かなブームとなっており、それ
がまんざらでもない健太本人は、智子にそれを言わせようとわざと無駄口を叩くよ
うになっていた。
「また黙ってろって言われちゃったよー。どうすりゃいいんだよなー」
健太の変な言葉遣いに周りの席から愛想笑いのような小さな笑いが起こった。
「それはそうと、そのズボンて男子の間で流行ってるの?」
智子の言うそのズボンというのは、梅雨になってからたまに男子たちが穿いてく
るデニム生地の半ズボンのことであった。
日によっては4,5人が同時に穿いてくるそれを見て、「かわいらしいな」と智
子は思っていたのだ。
問い掛けられた男子たちは皆、半笑いでもじもじしている。
「ん? どうしたの? 私なんか変なこと聞いた? 国木田、今日のそのズボンて
デニムだろ? かわいいよな?」
智子に指名された蓮は仕方なくといった感じで口を開く。
「これ、かわいいですよね?」
「うん、かわいい」
「それが嫌なんですよ」
「えっ、嫌なの?」
「本当は体操ズボンを穿いてきたいんですけど、雨が続くと乾かないんで仕方なく
これを穿いてきてるんです」
「みんな揃って同じズボンを?」
「駅前のスーパーで1番安いのがこれなんです」
多くの男子たちが雨の続くこの時季に同じズボンを穿いてくるのは、お気に入り
のズボンが乾かず仕方なく代わりに安物を穿いてくるからという理由であった。
しかし、まさか本人たちがそのズボンを嫌がっていたというのは智子には意外で
あった。
「かわいくていいのに、それ」
「かわいすぎて嫌なんですよ。ぱっつぱつだし」
確かに、そのズボンはなぜか全員ジャストサイズであった。
「よく見ると全員ジャストサイズだな。ふふっ」
「ともちゃん先生、笑ってるよね?」
「だって、かわいいから」
「男子に対してかわいいは褒め言葉じゃないから。不適切だから」
蓮はちょっとムキになって怒った。
「そういえば、ぱつぱつズボン組は休み時間になると一斉にどっか行くよな。揃っ
てどこに行ってんの?」
「階段」
「階段?」
「そうだよ」
「なんで階段? 階段で密談でもしてるの?」
智子は再び馬鹿にしたように言った。
「じろじろ見られるのが嫌だから誰もいない場所に避難してるんだよ!」
蓮は苛立ちを隠せない。
「分かった分かった。もう言わないから怒るなよ。たかが、ぱつぱつズボンだろう
が。これからも仲良くやろうぜ」
蓮はどうしても智子が反省しているようには見えなかった。
表情もなんか笑ってるし……。
そもそも教師が生徒の服装を馬鹿にしていいのかという疑問もあったが、智子は
精神年齢が6才児並みなので自分が我慢しなくてはならない、蓮はいつものように
自分が大人の対応をすることでその場を収めるのであった。




