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77 亀

「えっ、颯介の弟ってホモ亀のクラスなの!?」

「そうだよ。4月に俺、ホモ亀から弟と間違えられたからね」

「あー。確かに颯介と弟って顔似てるもんな」

「雰囲気が似てるのは俺も認めるけど、よく見たら違うだろ」

「4月の話だろ? 新学期が始まったばっかりだったから、ホモ亀もまだ弟の顔を

しっかり認識してなかったんだろうな」

「でも、ホモ亀も――」

「ちょっと待てー!!」


 颯介たちの会話を智子は大声で遮った。


「なんだよ、ともちゃん先生……」

「なんだよじゃないよ! お前らの会話にホモ亀っていう物騒な単語が出てきてる

からに決まってるだろうが!」

「やっぱ、先生の前では言っちゃ駄目かー」


 颯介たちは笑顔ながらも一応反省の態度を示した。


「ホモ亀ってあれか? 亀先生のあだ名か?」

「もちろん」

「もちろんじゃないよ、全く……」



 亀靖也(29)は4年3組の担任で、その表情や目付き、男子に対して執拗にス

キンシップを取ることから生徒たちからは、「完全に同性愛者」であると認定をさ

れていた。


「お前らな、『ホモ』っていう表現は今後は絶対にやめろ。差別用語だ。お前らが

冗談のつもりであっても今後は絶対に許さないからな」

「「はい」」


 真剣な表情で話す智子に生徒たちは素直に返事をした。


「そもそも、亀先生が本当にお前ら男子に興味があるかは分からないだろ? それ

とも実害でも出てるのかよ」

「俺の弟が今年、ホモ……亀先生のクラスなんです」


 颯介は慎重に言葉を選びながら話を進める。


「4月に放課後、運動場に塩化カルシウムを撒いたじゃないですか?」

「ああ、確か光井にも手伝ってもらったっけ?」


 滝小学校では年に数回、砂ぼこり防止などの理由から塩化カルシウムを校庭に撒

くことになっていた。


「その時にいきなり後ろから、『どうしたのっ』って言いながら俺の尻を優しく触

るやつがいたんです」

「……亀先生か」

「振り返ったらやつがいたんです」

「亀先生だな?」

「はい。やつです」

「教師のことを、『やつ』って言うな」

「亀です」

「『亀先生』な」


 颯介の言葉からは亀に対する軽蔑の念がありありと感じられる。


「俺、びっくりして大声を出しちゃったんですけど、そんな俺を亀先生はにやにや

しながら、じっと見つめてくるんです」

「……」

「数秒経って急に亀先生が、『あれ? 光井じゃないの?』って言い出して、それ

で俺、『こいつ、俺のこと弟と間違ってるな』って気が付いたんです」


 颯介の表情に突如、怒りのようなものが混じり始めた。


「その時は、『俺、6年ですけど』って言って相手の誤解を解いたんですけど、あ

とになって考えてみると、『弟は普段、クラスであいつからどんな扱いを受けてる

んだ?』って気になりだして、家で夕食時に話したんです。親もいるところで。そ

したら、『ぼくは男子とは積極的にスキンシップを取るから』って亀先生が始業式

の日にクラスで宣言したって言うんです」

「マジかよ!? 男子にだけ? 俺だったら殴り返すかも」


 隣で聞いていた拓海が、また物騒なことを言い出した。


「だから今、うちでは亀先生のことで学校に抗議するかどうかっていう話をしてる

んです」

「抗議するの? 校長先生に?」


 抗議という言葉に陸斗は驚いた。


「それも含めて考えてる。だから弟には、『なにかあったらどんな小さいことでも

いいから報告しろ』って言ってあるんだけど、愛想笑いをするだけでまともにしゃ

べらないんだよ。あいつ、担任に気を遣ってるのかなあ」


 颯介は、家での弟の態度も気に入らない様子だ。


「弟もホモ……というか、男に興味があるってこと?」


 拓海の発言に颯介は目を逸らした。

 それを見た智子は拓海の発言を否定する話を始めた。


「光井の弟がなにを考えているかは私にも分からない。でもな、担任の教師を批判

しないからといって、それが逆に肯定しているとか受け入れているとは限らないか

らな。人間ていうのは上の者に対して逆らえないことってあるんだよ。特に児童の

場合は大人や先生を無条件で、『偉い人』と思い込むことがあるから、その人を批

判することは間違いだと自分を責めてしまう場合もある。だからこういうのは難し

いんだ」


 男子たちは一様に、「なるほど」という顔をした。

 皆、それぞれに思い当たる節があるのだ。


「担任の先生に嫌われるとしんどいからなあ……」

「親に相談しても、『先生も人の子だから』って言われるんだよなあ……」

「俺んちは逆に親がすぐ学校に抗議しそうだから嫌なんだよ。そんなの、完全にク

レーマーだろ……いや、今回の颯介のはそうじゃないと思うよ。性的な被害を受け

てたとしたら刑事事件だし」


 拓海は颯介に気を遣い、必死で取り繕った。

 下を向いた颯介は表情を変えずにじっと足元を見ている。



 いくら考えても答が見つかるわけもなく、授業の開始を知らせるチャイムととも

に男子たちは席に戻った。


 智子は颯介の背中を見つめながら、なんとかこの学校内で性犯罪事件が起こって

いるのかいなのかを突き止めたいと思った。

 しかし、それに向けたいいアイデアがあるわけでもなく、また1つ難しい問題に

直面したと気が重くなるのであった……。 

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