表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/216

75 鳩は死んだ

 偶然というのは不思議なものだ。


 6年1組の教室で賢一の話題があったその日の放課後、進介は校舎のすぐ外で賢

一と鉢合わせ、一緒に帰宅することとなった。


 3月までは同じクラスで毎日一緒に帰っていた2人だが、6年になって別のクラ

スになってからはこれが初めてのことであった。


 

 お互いのクラス担任の話から2人の会話は始まった。


「ともちゃん先生って授業は普通にできてるの?」

「うん。知識とかは普通の大人と一緒。ただ、体力は見た目通り子供かな」

「ふーん」

「佐久間先生は赤瀬先生みたいに怒る?」

「怒らない。忘れ物しても怒られないから逆に忘れ物が減った」

「そういえばぼくも減った気がするけど、それって担任が変わったからじゃなくて

6年になってちょっと賢くなったからじゃないか?」

「たった数ヶ月でそんな急には変わらないだろ」


 2人は顔を合わせて笑った。

 


 よく晴れた日の午後、歩いただけでも汗ばむ季節だからか住宅街に人通りはまば

らである。


 裏門から出た2人は車が1台やっと通れるかという細い道を並んで歩いていた。

 すると前から軽トラックが走ってきた。 


 賢一は端に寄るため左足を斜め前に踏み出した。

 すると、1メートル先にいた鳩が賢一の足に驚き、飛びあがった。

 鳩は突然の行動だったためか賢一の左足に衝突し、そのままふらふらと軽トラッ

クと正面衝突をした。

 賢一の足に当たったため、高く飛び立つことができなかったのだ。

 

 鳩は地面に叩きつけられる。

 軽トラックはその鳩の上を通り過ぎ、走り去った。


 鳩は翼を閉じた状態で真上を向き、地面に横たわっている。


 徐行運転をしていた車に当たっただけなので、動かない鳩を見ても気絶をしてい

るだけなのではと2人は思った。

 しかし近付いてみると実際は恐ろしいまでの悲惨な状況であることが判明した。


 鳩はぴくぴくと痙攣をしていた。

 鳩は虫の息であった。

 軽トラックと正面衝突をした鳩の胸は5センチほど縦にぱっくりと割れ、内臓が

露出していた。

 その鳩の寿命が今まさに尽きようとしているのは、誰の目にも明らかだった。


「これはもう駄目だな」

「そうですねえ……。かわいそうだけど、どこかに埋めてあげないと」


 集まってきた近所の高齢者たちの話し声を聞きながら、賢一と進介はその場をあ

とにした。



 2人はそれまでとは打って変わって無言で歩いた。


 2人はそれぞれ、鳩の死と事故について思いを巡らせていた。



 賢一は考えた。

 

(俺のせいだ。俺の足に当たったから鳩は高く飛び立てなかったのだ。俺の足があ

そこになければ、鳩は車と衝突することはなく死ぬこともなかった。俺のせいで鳩

は死んだ)


 賢一は鳩の死に自らの責任を感じていた。


 

 進介は考えた。


(鳩の内臓、赤とか緑とかカラシ色だったなあ。昔、お兄ちゃんと分解した古いテ

レビの中にある部品と同じ色だった。人間の内臓は赤とかのはずピンクだけど、動

物のは違うんだなあ)


 進介は鳩の死にショックを受けていなかった。



 短い坂道を上りきったその時、賢一は口を開いた。


「俺のせいで鳩は死んだ……」


 進介は賢一のこの発言に一瞬驚いた。

 しかしすぐに、「そういう考えもあるよな」と思い直した。


「賢一の足に当たったのは偶然だから仕方ないよ」

「でも、俺の足に当たらなければあの鳩はもっと高く飛べてたはず……」

「賢一がふざけて鳩を驚かせたわけではないし」

「偶然でも俺があそこにいなければ……」

「……」


 進介は口からこぼれそうになる、「そんなこと言っても意味ないだろ?」という

言葉を何度も飲み込んだ。


 このあと進介は、賢一がなにを言おうと適当な返事しかしなかった。

 きっとそれは進介にとっても賢一にとっても正しい判断であっただろう。

 進介は他人の気持ちを理解するのが苦手だったのではない。

 他人の気持ちを深く理解するのが苦手だったのだ。


 ただ、最近は進介自身も自分のその特徴を理解し始めたため、単に無口なだけで

はなく、意図的に自分の意見を仲のいい者にも明かさない生活を送るようになって

いた。



 子供は日々成長する。


 鳩の死、それさえも少年たちにとっては明日への糧となる……のかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ