74 お前とは実力が釣り合わない
「進介と賢一って仲いいよな」
朝陽と賢一が廊下で喧嘩をした翌日、陸斗は進介に言った。
「うん。家も近いしね。5年の時は赤瀬先生の授業が終わるのが遅かったから他に
遊べる人もいなかったし」
「賢一って時々周りが驚くようなこと言うよな」
「うーん……そうだなあ。普段はそうでもないけど、確かに時々そういうことはあ
るかも」
「例えばどういうこと?」
いつものように側で盗み聞きをしていた智子の好奇心に火が点いた。
「あれ? ともちゃん先生、いつからそこにいたの?」
「ちょっと前から」
「ちっちゃくって気が付かなかった」
「そこまでちっちゃくねえよ。で、周りが驚くような発言ってなんなの?」
「あー……賢一の話ですね。蓮、あの話していい? 去年、放課後にドッヂボール
した時のチーム分けの話」
進介から話を振られた蓮は少し嫌な顔をした。
「じゃんけんの話?」
「そうそう、それ」
「別にいいよ」
蓮の許可を得た進介は、去年の秋の放課後、みんなでドッヂボールをした時のこ
とを話し始めた――
3組の授業が珍しく早く終わった日の放課後、進介は1組と2組の連中とともに
校庭でドッヂボールをすることになった。
参加するのは男子ばかりで10名ほど、それを2チームに分けるのだ。
チーム分けの方法は、まず実力の合う2人を選出し、その2人がじゃんけんをし
て余ったメンバーの中から自分のチームに入れる者を選んでいくというやり方だっ
た。
早い話がじゃんけんで指名権を決めながら行うドラフト方式だ。
適当に選ばれた2人がじゃんけんをしチーム分けをするのだが、このチーム分け
がそこそこ盛り上がる。
たかが遊びのドッヂボールなのに。
その日の参加者はお互いの顔を見回し、「賢一と蓮でいいんじゃないか?」とい
うことになった。
選ばれた蓮は少し離れた場所にある鉄棒で一人遊びをしていた賢一に近付き、そ
のことを伝えたのだが、すぐにひょっとこのようなおかしな顔で1人戻ってきた。
てっきり、蓮が賢一を連れてきて「じゃんけんドラフト」が始まると思っていた
メンバーはその状況が理解できず、なにがあったのか蓮に聞いた。すると――
「俺と蓮では実力が釣り合わないって賢一に言われた」
蓮の口から出た賢一の言葉に誰もが唖然とした。
賢一の自己評価の高さと面と向かってそれを言う無神経さに、誰もが賢一の育ち
の悪さを感じずにはいられなかった……。
「ということがありまして……」
進介の話に蓮は憮然とした表情をしている。
「なんなんだよ、あいつ」
「まあまあ、抑えろって」
思い出し怒りをする蓮を智子は慰めた。
「志村もその時はたまたまなにか機嫌が悪かっただけかもしれないしな。国木田も
あんまり深く考えるな」
「分かってます。でも賢一はこういう発言を繰り返してるんで、たまたまってこと
はないと思いますけどね」
蓮は吐き捨てるようにそう言うと教室を出ていった。
「あいつ、めっちゃ怒ってんな」
「賢一が無神経なんですよ。あいつって確かに足は速いんですけど、それだけなん
です。別に球技とかはたいして上手くはないんですよ。でも、本人はスポーツはな
んでもできるって思い込んでるんですよね」
「まあ、子供だからなあ。そんなやつもいるよなあ」
智子はしみじみと言った。
「実は賢一って、その前から蓮のことを陰では言ってたんですよね」
「陰では? 高平と2人の時はってことか?」
「はい。家が同じ方向で4年の時と5年の時はクラスも同じだったんで、いろんな
話を賢一とはしたんですけど、あいつある日突然、『蓮は運動神経よくない』って
言い出したんです」
「突然……」
「『蓮は雰囲気だけだ。実際はたいしたことない』って」
「それに対して高平はなんて言ったの?」
「『あー』って言いました」
「それは高平っぽいなー」
進介の、「人前で自分の意見を言わない」性質がよく出ていると智子は思った。
「賢一が蓮に『お前とは実力が釣り合わない』って言ったのはその直後だったんで
す。確か数日後とか」
「高平に同意してもらって気が大きくなったのかな?」
「その可能性もありますけど、多分元々そういう性格なんだと思います」
「まあ、だろうな」
「本人にも直接言ったのは驚きましたけど同時に、『すごい』とも思いましたね。
だからあの時、微妙な空気が流れる中、ぼくだけちょっと興奮してたんですよね」
「……」
バレーボールの決勝戦が行われている場所で赤瀬が怒鳴り声を上げた話をした時
も、進介は同じように「すごい」という感想を抱いていた。
進介は普段は気の小さい人間であるが、自分の理解を大きく超える経験をすると
突如としておかしなスイッチが入ることがあるようだ。
もしかしたら進介がこの中で1番狂った性質の持ち主なのかもしれない……智子
は一見地味なその生徒の評価をやや修正するのであった。




