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73 馬鹿は喧嘩をしないでほしい

 休み時間、智子が廊下を歩いていると少し離れた場所から男子生徒の怒鳴り声が

聞こえてきた。

 

(面倒臭え……)


 智子は小学校教師としてあるまじき思いを胸に、現場へと向かった。


「なんでお前そんなに偉そうなんだよ!」

「別にそんなつもりはないって」

「お前、外野は内野よりも下だと思ってるだろ!」

「違うって」


 智子が到着すると、賢一が朝陽に詰め寄っているところだった。

 その横には進介と陸斗がいる。


「どうしたー。喧嘩か?」


 見たところ興奮しているのは賢一だけで、それ以外の3人は落ち着いた様子であ

る。


「あ、ともちゃん先生、少年野球のことでちょっと」


 陸斗の言葉を聞き、智子は初めてその4人が全員少年野球チームのメンバーであ

ることに気が付いた。


「内野とか外野とか言ってたな。ポジションの話か?」

「ええ、まあ……」


 朝陽は智子とは目を合わせずに言った。

 どうやら賢一の態度が気に入らないようだ。


「きみは……志村って言ったっけ? 3組の?」

「はい。6年3組の志村賢一です」


 賢一は明らかに興奮状態である。

 頬が赤らみ、目つきも鋭くなっている。


「言える範囲でいいから私にも内容を教えてくれよ。なにかアドバイスできるかも

しれないし」 

「はい」


 賢一は智子に促され、朝陽との喧嘩の原因を語り始めた。


「俺が外野で朝陽が内野を守ってるんですけど、俺たちがボールを逸らすとこいつ

絶対に、『外野はボールおさえろよ!』って試合中でも怒鳴るんです。でも、内野

だってボールを逸らすことはあるんですよ。こいつも別にエラーが少ないわけでは

ないんです。なのに俺たちには責めるように言うんです。それが俺は納得ができな

いんです!」


 賢一は興奮で震える声で言った。


「中井、そうなのか?」

「内野はエラーしても外野がいるんです。でも、外野がボールを逸らすと確実に失

点するんです。だから外野は慎重に打球の処理を行わないといけないんです」

「内野も打球の処理は慎重にやれよ!」

「いや、そういうことじゃなくて……」


 朝陽の言葉に賢一は怒声を上げる。

 

「なにが違うんだよ!」

「まあまあ、一旦落ち着け」


 智子は震える賢一をなだめた。



 智子は地元のチームである、「タイガース」のファンなので野球にはそこそこ詳

しい。

 その智子の考えだと、2人の言い分はどちらとも正しい。


 まず朝陽の言う、「外野は確実に打球をおさえろ」である。

 内野は打球を処理したあとに打者走者を1塁でアウトにしなければならない。

 だから確実に捕球することよりも、1塁でアウトにするために素早くプレイする

ことが優先になるので、アウトを取りにいった結果のエラーであればそれは仕方が

ないのだ。

 しかし外野は違う。

 外野がボールを逸らすとそのままランニングホームランになる恐れがある。

 だから外野は多少時間が掛かったとしても、確実にボールをおさえなければなら

ないのだ。


 次に賢一の言う、「俺たちには責めるように言う」である。

 少年野球にエラーは付き物であり、エラーの全くない試合なんてゼロに等しい。

 また、プロだろうがアマチュアだろうが野球のエラーのほとんどは内野手による

ものである。

 その場合チームメイトは必ず言うのだ、「どんまい!」と。

 ならば、外野手がボールを後ろに逸らすエラーをした時も同じように言わなけれ

ば不公平である。

 もしも、内野を守る朝陽が外野手のエラーにだけ励まさずに厳しいことを言って

いるのだとすれば、外野手から不満が出るのは当然のことと言えよう。



 智子は自分の考えたこれらのことを4人に伝えた。


「志村、どう思う?」

「俺の思ってたことがそれです」


 賢一は智子の話が、自分が思っていたけれど上手く言えなかったことだと感じ、

溜飲が下がる思いがした。


「中井はどう思う?」

「はい、確かに自分の言い方には問題があったと思いました。これに関しては自分

が悪かったです」


 智子は素直に自分の非を認めた朝陽を頼もしく感じた。


(知能の高い人間の教育は楽だなあ) 



 智子の仲裁を元に朝陽と賢一は仲直りをした。


(今回は当事者の一方が中井だったからよかったけど、もしも馬鹿対馬鹿だったら

時間が掛かってただろうなあ。もう、馬鹿は喧嘩してはならないっていう法律でも

あればいいのに) 



 まさかその時、智子が教師としてあるまじき考えを胸に抱いていたとは、生徒た

ちは知る由もないのであった。

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