63 お昼ごはん、ピザ
「昔って、土曜日も学校をやってたって本当ですか?」
美月は智子に聞いた。
「ああ、本当だぞ」
「「えー」」
周りの女子たちから声が上がる。
「なんで土曜日も? それじゃあ、お休みは日曜日だけ?」
「そうだぞ」
「学校の先生って週休1日だったってこと?」
「民間企業でも週休2日は大企業だけだったぞ」
「えー! 子供も大人も日曜日しか休んでなかったの!?」
「授業は午前中だけだったから、土曜日は半休っていう感覚だったな」
半休という聞き慣れない言葉に、生徒たちはよく分からないという顔をする。
「だから土曜日は楽なんだよ。授業は4時間だけで、あとは掃除して終わりの会が
あって帰るだけ。私の子供の頃も学級会が好きな先生はいたけど、土曜日の終わり
の会が長引くことなんてなかったな。先生も空気読んでたんだな」
「給食は?」
「ないぞ。土曜の昼は家で食うんだ」
「ふーん。じゃあ、ごはんを作る手間が省けるとかもないんだ」
「そうだな。うちの土曜の昼は焼きそばとかお好み焼きが多かった記憶だけど、友
達の家でピザの箱を見た時は驚いたなあ」
「ピザ?」
生徒たちは智子がピザのなにに驚いたのかが分からなかった。
「ピザってチーズがのってるあれ? それのなにに驚いたの?」
「ピザって私が子供の頃はまだ日本ではそんなに馴染みのある食べ物ではなかった
んだよ。だからテレビで宅配ピザのCMを見た時は憧れたんだよなあ」
「ともちゃん先生、ピザに憧れたの!?」
「なんだよ、悪いかよ。そういう時代だったんだよ。お前らだってアサイーボウル
がお洒落だと思ってるんだろ? 私にとってのそれがピザでありティラミスであり
パンナコッタだったんだよ」
「ふーん。なるほどねー」
生徒たちは納得の声を上げた。
「ともちゃん先生の家はピザに興味がなかったんだね」
「私はあったけど、親がな。私の両親は同級生の親と比べるとちょっと年上だった
からな。そのせいで少しだけブームに乗り遅れる傾向にあったんだよ」
「分かる! 私もお兄ちゃんと12才も年が離れてるから、うちの親ってお兄ちゃ
んの同級生の親とは同世代だけど、私の同級生の親とは一回り離れちゃってて、そ
のせいで感覚が通じないの!」
凛は早口で捲し立てた。
「芦田の親って、多分私と同世代だよな」
「そう」
「ということは、ポケモンやってない世代だな」
「そう!」
凛は、「それ!」という顔をして智子の言葉に同意した。
凛以外の親は自分の子供時代に既にポケモンがあったため、今でも子供たちとポ
ケモンをプレイすることがあるし、そうでなくてもゲームに対して一定の理解があ
る。
しかし凛の両親は子供の頃にファミコンはあったものの、友達との遊びと言えば
野球やサッカーという時代だったため、ゲームに対してあまりいい顔はしない。
凛は同級生たちの親と違うそれが不満であった。
「玄関でゲームやってるとあとで怒られるだよね! むかつく!」
凛はぷんぷんしている。
「お前らって玄関でゲームするの? どういうこと?」
「玄関だとWiFiが届くんです」
真美は答えた。
「あー、そういうことか。ゲームも通信がいるのか」
「別にお金使ってるわけでもないのにさ!」
「公園とかじゃ駄目なの?」
「公園はWiFiないもん!」
「WiFiかー」
WiFi世代ではない智子はいい助言が思い付かなかった。
「私も友達の家で宅配ピザの空箱を見たあと、家で両親に頼んだんだ、『私もピザ
が食べたい』って。そうしたら次の日、ダイエーの食品売り場にあったピザを母が
買ってくれて、3時のおやつに食べたんだよ。それがさあ、全く旨くなくてなあ。
ダイエーのピザは偽物のピザだったんだよ。悲しかったなあ……」
「美味しくなかったんですか?」
「なかった。前の日友達からは、『チーズがこんなにも伸びるんだよー』って教え
てもらってたけど、ダイエーピザは伸びしろゼロだった」
「伸びしろってそういう意味なのかなあ」
「ダイエーピザのチーズは全く伸びなかったんだよ!」
「えー……」
急に怒鳴り声を上げた智子に真美は言葉を失った。
「生地もサラミもチーズも全部偽物だったんだ!」
「ダイエーはピザ屋さんじゃないからね」
「だったら売ってんじゃねえよ! ピザ!!」
気が付くと智子の目には涙が溢れていた。大企業に裏切られた幼きあの頃の思い
出が、智子の涙腺を緩ませたのであった。




