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60 鳩尾って知ってる?

「鳩尾って知ってる?」


 普段は無口でめったに声を発しない優太が言った。


「みぞおち?」

「みぞおちっていうのがこの腹筋の上辺りにあるんだよ」


 そう言って優太は進介の腹を指で押した。


「どう?」

「え……」


 進介は優太の言う、「どう?」の意味が分からなかった。


「どうって……」

「みぞおち、苦しい?」

「まあ、苦しいっちゃ苦しいけど……」


 太一と諒が見守る中、優太は真顔で進介のみぞおちを指でぎゅうぎゅう押した。


「なんなの……」


 進介は訳が分からず戸惑った。


「みぞおちって強く当たると息ができなくなって大人でも苦しむんだって」

「そうなの?」


 優太にそう言われても進介は半信半疑だった。

 だからといって恐がりな進介は、「もっと強く押してみて」とも言えなかった。


「そんなの知らないよな?」

「うん。知らない。初めて聞いた」

「そうだよな。俺、空手道場に通ってて昨日も稽古だったんだけど――」


 優太は昨夜の空手道場での出来事を話し始めた。



「2人1組になって突きの練習を行う。年長者が下の者に教えてあげるように」


 先生の言葉をきっかけに生徒たちは2人1組を作り始める。

 無口で消極的な性格の優太は相手が見つからずにいたが、「俺と組もうぜ」と山

岡くんに声をかけられ、なんとかあぶれずに済んだ。


 現在中学2年生の山岡くんは坊主頭で目つきが鋭く、いかにもやんちゃな雰囲気

を漂わせていた。

 普段からあまり熱心に稽古に参加していなかった彼が優太を誘ったのは、あまり

身体の大きくない優太が相手ならば自分が楽ができると思ったからだった。


「俺の腹筋、すごいだろ」


 まず山岡くんは道着の前を開け優太に自身の腹筋を自慢した。


「うん」


 優太は子供ながらに愛想笑いをし、山岡くんの機嫌を窺った。


「ここ殴ってみ。この辺。本気でいいぞ」


 山岡くんは腹筋のある辺りを指差し、優太に本気で来いと指示をした。


 山岡くんと違い真面目な性格の優太は、言われた通り山岡くんの腹を力一杯正拳

で突いた。


「ぉうっ……」


 突かれた山岡くんは冗談のような変な声を出した後、その場にうずくまった。


 優太は意味が分からなかった。

 いくら全力で突いたとはいえ、2才も上の身体の大きな茶帯の先輩がそんなに効

くとは思えない。

 これはきっと山岡くん流のジョークなのだろうと優太は思った。


 2分後、顔を上げた山岡くんは鼻水とよだれを垂らしていた。

 優太はそれを見て、「あっ」と思った。


 山岡くんは全怒りを込めた指先を優太のみぞおちに当てながら言った。


「ここはな、みぞおちって言って人間の急所なんだよ。痛いだろ!? 押されたら

痛いだろ!? ここはな、人間の急所なんだよ!」


 山岡くんの静かな言葉の中には確実に大きな怒りが込められていた……。




「いや、知らんし」


 優太は言った。


「みぞおちってそんな有名かな?」

「俺も知らなかった」

「俺も」

「ぼくも」


 優太の言葉に3人は同意した。


 

 みぞおちを殴られる痛みを4人が知らないのは今まで誰もそのことを教えなかっ

たからであり、4人が悪いわけではない。山岡くんは気の毒ではあるが……。 

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