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6 誕生!ともちゃん先生

「ともちゃん先生」

「ん?」

「問1の答って3ですか?」

「うん、そうだな……」

「ともちゃん先生」

「ん?」

「問2の答って3ですか?」

「うん、そうだけど……」

「ともちゃん先生」

「ん?」

「問3の答も3ですか?」

「うん……」

「ともちゃん先生」

「おい! ちょっと待て!」


 1時間目の算数の授業中、智子の叫び声に生徒たちは問題を解く手を止めた。


「なんでみんな私のことを『ともちゃん先生』って呼ぶんだよ! あとこの問題集

の答、3ばっかりだな!」

「そんなこと言われても。それは出版社に聞いてくれよ」

「じゃあ、ともちゃん先生について説明しろ!」


 大声を上げる智子に困惑する生徒たち。

 委員長の真美が代表して立ち上がり、説明を始めた。


「先生のことをなんて呼ぼうかっていうのは、先生が復帰した日から私たちの間で

は話題に上がっていたことなんです。それで昨日の放課後、みんなで教室に残って

話し合いをしました。その結果、全会一致で『ともちゃん先生』と呼ぶことに決ま

りました」


 生徒たちの間から自然と拍手が沸き起こる。


「ともちゃん先生!」

「ともちゃん先生!」


 調子に乗った男子が口々に叫ぶ。


「よっ、ともちゃん先生!」

「うるさーい!!」


 智子の怒りに、拍手は一瞬にして鳴り止んだ。


「お前ら私のこと馬鹿にしてるだろ!」

「馬鹿にはしてません。愛情です」


 真美は真剣な表情で返した。


「他のクラスの先生のことは菊池先生とか佐久間先生って言ってるだろ。だったら

私のことも湊川先生って呼べよ!」

「以前はそう呼んでました」

「だったら、これからもそう呼べよ!」

「でも、ともちゃん先生って先生って感じじゃないんだよな」


 押川翔太は言った。


「そこ否定すんのかよ!」


 智子は、ややキレ気味に答えた。


「なんで私が先生っぽくないんだよ! 教科書の内容も理解してるし、ちゃんとク

ラスをまとめてるだろ!」

「たまに午後の授業、眠そう……というか半分寝てるけどね」

「体力が6才並みなんだからしょうがないだろ!」

「給食の食べる量が俺たちの半分以下だけどね」

「胃袋が6才並みなんだからしょうがないだろ!」

「校庭で猫を見つけると、どこまでもついて行っちゃうけどね」

「好奇心が6才並みなんだからしょうがないだろ! もう勘弁してよ!」


 補強された踏み台の上に立ち、智子は悔しそうな顔で歯を食いしばっている。

 今にも泣き出しそうな智子。真美はそんな智子を慰めるように言った。


「ともちゃん先生、私たちには先生を馬鹿にしたり、見下したりするような考えは

一切ありません。これは本当です。ただ、先生がどうしてもというのであれば、私

たちで改めて話し合って結論を出します。どうしますか?」

「……じゃあ、もう一回話し合ってみて。それには従うよ。お前たちのこと信じて

るから」

「分かりました。ではみなさん、この授業の後の休み時間に改めて話し合いを行い

ますので教室に残って下さい。私たちだけで決めますので、先生は職員室へ戻って

いて下さい」

「……分かった」


 チャイムが鳴り、1時間目の授業が終了した。

 約束通り生徒たちは教室に残り、智子は職員室へと戻った。



 そして15分後、2時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り、智子は6年1組の

教室へと向かった。生徒たちは自分のことを以前のように「湊川先生」と呼んでく

れるだろうか。それとも、また別の新しい呼び名を考えるのだろうか。智子は教室

の前でひとつ息をつき、不安を抱えながら入室した。

 

「市川、話し合いは終わったか?」

「はい、終わりました」

「結論は出たんだな?」

「はい」

「じゃあ、報告してくれ」

「はい、報告します。話し合いの結果、湊川先生の呼び名は『ともちゃん先生』に

決まりました」

「変わってないだろうが!!」

「はい」

「はい、じゃないだろ!」

「はい」

「だから! はい、じゃないんだよ!!」

「でも、決まりましたから……」

「なにやってたんだよお前らは! 15分も掛けてよ! 私がその呼び名を嫌がっ

てたのは知ってるだろ!」

「はい」

「じゃあ、なんで変えないんだよ! なんでもう1回それなんだよ!」

「しっくりくるんで……」

「私は全然しっくりこないんだよ!」

「すぐに慣れますよ」

「諭すように言うな! だったら、お前らの方が湊川先生っていう呼び名にに慣れ

ろよ! いいな、私の名前は湊川先生だ! これ以外は許さんぞ!」

「でも先生、私たちの結論に従うってさっき言いましたよね」

「言ったけど……言ったけど!」

「だったら従ってください」

「そんなんおかしいだろ! どう考えても!」

「なにがですか?」

「だって……まさか同じになるなんて思わないだろ? あんなに嫌がってたのに!

あんなに私、嫌がってたのに!!」

「嫌なんですか?」

「嫌だよ!」

「どうしてですか?」

「ともちゃんだぞ? 教師なのに生徒からともちゃんて呼ばれるんだぞ?」

「かわいくていいじゃないですか」

「教師にかわいさなんていらないんだよ!」


 智子は震えた。

 わなわなと震えた。


「嫌だからな! 私はともちゃん先生なんて呼ばせないからな!」

「約束を破るということですか?」

「だって……絶対に変えるって思ったんだもん!」

「それは先生の勘違いというか、思い込みですよね? 私たちは違う呼び名にする

とは約束してませんよね?」

「そうだけど……そうだけど!」

「じゃあ、従ってくれますね?」

「嫌だ!」

「ともちゃん先生、わがままだなあ」

「黙れ、松田! 誰もお前に意見なんか求めてないんだよ!」

「先生、このままでは埒が明きませんので、多数決で決めてはどうでしょうか」

「そんなんやっても意味ない! どうせお前ら組んでるだろ!」

「組むってなんですか」

「組んでるんだよ! お前ら全員、組んでるんだよ!」

「意味が分からないです……多数決とっていいですか?」

「とってみろよ! 絶対に組んでるから!」

「はい。では、多数決をとりたいと思います。今回は先生も参加してください。先

生の呼び名が『湊川先生』がいいと思う人は、手を挙げてください」


 智子はしっかりと右手を挙げた。


「1……。はい、ありがとうございます。下ろしてください」


 智子は憮然とした表情で手を下ろした。


「次に、先生の呼び名が『ともちゃん先生』がいいと思う人は手を挙げてください」


 真美を含めた生徒25人全員が手を挙げた。


「23、24、25。はい、では手を下ろしてください。『ともちゃん先生』が過

半数になりましたので、これからの先生の呼び名は『ともちゃん先生』に決まりま

した」

「だろうな!」


 真美の発言が終わるや否や、智子は大声を上げた。


「多数決ですよ?」

「最初から分かってたよ! だって、お前ら組んでたんだもん!」

「さっきから『組んでた組んでた』って繰り返してますけど、組んでたってなんで

すか? 昔の言葉ですか?」

「組んでたは組んでただろうが! お前らは組んでたんだよ!!」

「ともちゃん先生。2時間目の授業時間終わっちゃうけど、いいんですか?」

「さっそく呼んでる!? 私のこと普通にともちゃん先生って呼んでる!?」

「ともちゃん先生。理科の授業を始めてください」

「理科なんてどうでもいい! 学級会だ!」

「学級会の議題はなんですか?」

「いじめだよ! 私に対するいじめだ!」

「生徒が先生をいじめる訳ないじゃないですか」

「いじめてるだろ! 勝手に私のことをともちゃんて呼んでるだろうが!」

「愛情込めてですよ?」

「愛って言えばなんでも綺麗に収まると思うなよ!」

「分かりました。じゃあ、こうしましょう」真美は落ち着いた口調で言った。「先

生のことをなんて呼ぶかは、校長先生に決めてもらいましょう」

「校長先生か……」

「校長先生ならいいですよね? この学校で一番偉い人なんですから」


(校長先生ならば教師の威厳を理解しているはずだから、きっとまともな呼び名に

してくれるに違いない)


 智子は真美の提案を受け入れた。


「そうだな。じゃあ、お前らも校長先生の決定には従うんだぞ」


 智子の問いに生徒たちは「はーい」と素直に返事をした。

 5分後、教室に連れてこられた校長は智子から事情説明を受け、そして言った。


「では、湊川先生のことは今後、『ともちゃん先生』と呼ぶことにしましょう」


 沸き立つ生徒たち。

 茫然とする智子。

 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、智子は肩を落として教室を出た。


「ともちゃん先生。これからはそう呼んでいいんですね?」

「好きにしろ……」

 

 颯介の問いに、智子は振り返りもせずに答えた。

 智子は職員室に向かい、とぼとぼと歩いている。

 そんな智子に追いついた校長が声を掛ける。


「ともちゃん先生、やられましたね」

「……校長先生も私のことをそう呼ぶんですね」

「まあ、生徒たちに合わせましょう」

「……そうですか。ところで、やられたってなんですか?」

「実は昨日の夕方、学級委員長の生徒が私の部屋を尋ねて来ましてね」

「市川です。あの子が何の用事で?」

「『湊川先生のことをこれからはともちゃん先生と呼びたいから校長先生にも協力

してほしい』って言われたんですよ。もしかしたら明日、教室に来てもらうかもし

れないから、その時は校長先生にも『ともちゃん先生』を推してほしいと。だから

さっき彼女が校長室に来た時は、そういう流れなんだなとすぐに理解しましたよ。

前日に根回しまで済ませるとは、小学生なのに頼もしいことですね――あれ? と

もちゃん先生、どうしました?」


 廊下で立ち止まった智子は肩を震わせ、泣きそうな顔で叫んだ。



「校長先生も組んでたのかよ!!」

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