58 紙飛行機大会
「ともちゃん先生」
「どうした、中井」
「今日は風が強いです」
この日は朝から強風が吹き荒れていた。
「そうだな」
「だから、窓から紙飛行機を飛ばしてもいいですか?」
「!」
朝陽からの予想外の提案に智子はフリーズしてしまった。
「あれ? ともちゃん先生ノリノリになるかと思ったら、固まっちゃったなあ」
「こういうの好きそうだと思ったけどな」
男子たちは智子の反応に困惑した。
少し間を開け、智子はやっと口を開いた。
「……なんで、風が強いと紙飛行機なの?」
「なんか、風に乗ってどこまでも飛んでいきそうじゃないですか」
「どこまでも飛んでいったら迷惑じゃないの?」
「よそのお家の庭とかに着陸するかもしれません」
「だからそれが迷惑じゃん」
「走ってる車にぶつかるかもしれません」
「もっと迷惑じゃん」
「そうです」
「そうですじゃねえし」
智子は男子たちの提案を一蹴した。しかし、紙飛行機大会をやりたいという気持
ちはあったため、諦めきれなかった。
「どれくらい飛ぶものなのかね。校門の向こうまで行っちゃうのかなあ……」
「試しにやってみますか?」
「その試しが校門の向こうまで行っちゃうかもしれないだろ?」
「じゃあ、軽く投げます」
「軽く投げたら校門を越えないっていう根拠はどこにあるんだよ。軽く投げていき
なり校門を越えちゃうかもしれないだろ?」
「ともちゃん先生、相変わらずビビりだなあ……」
「ビビりじゃねえよ! お前らと違って責任ある立場なんだよ!」
男子の見下した発言に智子はマジ切れをした。
「ともちゃん先生、よく考えてください――」
諒は言った。
「紙飛行機は紙でできています」
「当たり前だ」
「紙に当たって怪我をする人はいますか?」
「……」
「紙に当たって壊れる物はありますか?」
「ない」
「だったら、そもそも紙飛行機は校門の外に出てもいいんじゃないですか?」
「お前……頭良いな!」
諒の言葉が決め手となり、理科の授業は急遽「紙飛行機大会」へと変更された。
「飛行機は1人1機。1番遠くまで飛ばした者の優勝だ。分かるようにちゃんと名
前を書いておけよ。マークでもいいぞー」
そう言うと智子は自分の紙飛行機に3本のバナナの絵を描いた。
「ともちゃん先生も参加するの?」
「当たり前だ。この、『湊川初号機』通称『バナナマーク3』が火を噴くぜ」
智子は根拠はないが自信満々である。
「みんな、紙飛行機は折れたなー。じゃあ、1班から順番に飛ばしていくぞー」
窓際に1班の4人が整列する。
体育の授業をしているクラスはなく、誰もいない校庭には風だけが吹き抜けてい
る。
「ともちゃん先生はいつ飛ばすの?」
「私は最後だ。6班と一緒にな。お前らとの格の違いを見せてやるよ」
愛梨の問いに智子は大見得を切った。
「1班、飛ばせ―」
智子の合図に4人は紙飛行機を手から離した。
1番飛んだ進介の飛行機は校庭の真ん中辺りに着地した。
「なるほどな。次、2班行くぞー」
生徒たちは予想以上に綺麗に飛んでいった紙飛行機に興奮していた。
「時間なくなっちゃうぞー。2班、飛ばせ―」
智子に急かされ2班の4人も紙飛行機を飛ばした。
真美と諒の飛行機が進介の飛行機を大きく越えていった。
「なるほど。次、3班」
3班は蓮の、4班は朝陽の飛行機がそれぞれ校庭の向こう端に届くほどの大飛行
を見せた。
「なるほど、なるほど。力任せに投げてるやつのは駄目だな。もっとスマートに投
げないと……」
(ともちゃん先生、学んでいる……)側で智子の呟きを聞いていた愛梨は思った。
「次の5班は本間がいる。こいつが大本命だ」
智子はクラス1の秀才に注目した。
「それじゃあ、5班行け!」
智子の合図で5班の4人は紙飛行機を放り投げた。しかし、智子の予想に反し、
美織の飛行機は校庭の中ほどで失速し着地をした。
智子は意外な結果に戸惑い、そして分析を始めた。
「風が原因か……いや違う。風はそれまでとたいして変わらなかったはず。違った
のは……打点だ! 打点の高さが重要なんだ!」
「それじゃあ6班、私もここで投げるぞ!」
智子はそういうと机を窓際に寄せ、靴を脱いでそこに上がった。
「ともちゃん先生、危ない!」
真美は駆け寄り、智子の足を掴んだ。
「大丈夫だって。左手でカーテン掴んでるし。ほら」
「落ちたらどうするの? 危ないって」
「落ちるわけないじゃん。手摺りだってあるんだし……」
そう言って智子は窓の下を覗き込んだ。智子は身体が縮んで以来、窓は見上げる
物であり、見下ろしたのはこれが初めてであった。
およそ1月ぶりに見る3階からの景色は智子の想像を絶するほどに高く、智子の
心は一瞬にして折れてしまった。
「高い! 怖い! なんだこれー!!」
智子は膝から崩れ落ちた。そして真美の胸の中で号泣するのだった。
「信じられないー! なんでこんな高いんだよー!」
「3階だからね。どの建物も3階はこれくらい高いんだよ」
「私の実家、2階建てだー!」
一通り泣いたあと、智子は6班と一緒に紙飛行機を校庭に向けて放り投げた。
智子の記録はもちろん凡庸なものであった。
「えー、というわけで、優勝者は中井朝陽。2位は市川真美。3位は国木田蓮。最
下位は田中健太という結果に終わった。早い話、ほぼ知能順だ」
智子の分析に生徒たちはどよめいた。
「だったら、ともちゃん先生はどうなんだよ。真ん中くらいの成績だったろ」
智子に馬鹿にされた健太は言い返した。
「私は打点が低いからだよ! お前らと同じ身長だったら1位だったんだよ!」
「打点?」
「多分、リリースポイントのことじゃないかな」
「それだよ! 分かるだろ! 私だって机の上から投げてれば1番だったんだ!
ちきしょー! ちきしょー!」
智子は泣いた。たかが紙飛行機で負けただけなのに。しかし、これが智子の生き
様なのであった。




