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49 ヤスダッ

「ともちゃん先生の家って電話機あります?」


 智子に質問をしたのは朝陽だ。


「あるぞー。なんだ、お前んちはないのか」

「一応あります。滅多に使わないですけど」

「そうだよなー。スマホが1人1台だもんな。固定電話なんかもういらないよな。

それに保険とかの勧誘がかかってくるからうざいんだよ」

「電話をとった時ってなんて言います?」

「ん?」

「スマホって番号を押してかけるわけじゃないし、個人同士のやりとりだからいち

いち名乗らないですよね?」

「確かに」

「でも、家の電話の時は名乗りますよね?」


 智子は家に電話がかかってきた時のことを想像した。


「『はい、湊川です』だな。そういえば子供の頃、そう言うように親に躾けられた

気がする」

「普通そうですよねー」


 朝陽は顔が少しにやけている。


「なんだよ。お前んちは違うのかよ」

「いえ、うちも全く同じです」

「じゃあ、なにがおかしいんだ?」

「うちの近所に1つ上の先輩のヤスダさんていう人がいるんですけど――」


 朝陽はしゃべりながら笑ってしまう。


「その人、電話をとるといきなり『ヤスダッ』って言うんですよ」


 言い終わると朝陽は1人で爆笑をし始めた。


「こっちが身構える前にいきなり低い声で言うから――」


 他愛のない話だが智子もつられて笑う。


「それは、外国式だな」

「え? 外国?」

「アメリカでもヨーロッパでも向こうの人は電話をとるといきなり名前を言うぞ。

『はい』とか『です』なんてのは日本語の特徴だ」


 智子は映画で仕入れた知識を披露した。


「そうなんだ。でもヤスダさんて俺より背が低いし、そいつが白人文化を取り入れ

てると思うと――」



 朝陽は再び肩を震わせて笑い始めた。ヤスダ先輩が、「ヤスダッ」と言ったのを

思い出しているようだ。


(今はなにを言っても笑い続けるんだろうな)



 楽しそうな朝陽を残し、職員室へと戻っていく智子なのであった。

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