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45 牛乳の蓋を舐める

「ともちゃん先生、ちょっと相談があるんですけど……」


 そう言って智子に声をかけたのは進介だった。


「高平か、珍しいな」


 引っ込み思案の進介から声をかけられることは滅多になく、智子は少し驚いた。 


「給食の牛乳なんですけど……」

「それがどうした?」

「あれ、瓶からパックに戻せないですか?」

「は?」

「今年から瓶に戻ったじゃないですか?」

「うん」

「去年まで4年間、パックだったじゃないですか?」

「うん」

「そのパック牛乳にまた戻してほしいんですけど……」

「……」

 

(なんでこいつは私にこんなことを言ってくるんだ?)



 進介が入学した時、給食では瓶牛乳が出されていた。それがコロナ禍をきっかけ

に使い捨てのパック牛乳に変更された。しかし、それに使われるプラスチック製の

ストローが環境破壊に繋がるとされ、今年度から再び瓶牛乳へと戻されたのだ。


「お前は知らないかもしれないけど、牛乳のことを決められるほどの権力を私は与

えられていないんだよ。ごめんな」

「そうですよね……」


 進介は肩を落とし、暗い顔がさらに暗くなった。


「瓶牛乳ってそんなに嫌か? パックよりもちょっと重いくらいだろ?」

「実はぼく、瓶牛乳にトラウマがあって……」

「お前はトラウマの多い人生だな」

「はい」


 そう言うと進介は1年生の時に経験したあることについて話し始めた――。




 当時の進介は1年1組の生徒だった。幸い友達にも恵まれ楽しい日々を送ってい

た。そんなある日、クラスメイトの1人がある不思議な話を進介にしてくれた。


「3組に須藤薫子っていう女子がいるの知ってる?」

「知らない」

「じゃあ、そいつの牛乳係の話も知らない?」

「うん。なんかあったの?」

「うちの学校って係の人間が食事を配っていくだろ?」


 滝小学校では、給食係がそれぞれ牛乳やおかずやごはんをクラスメイトの机まで

配っていくというやり方を採用している。


「須藤っていう女子が1学期に牛乳係だったんだよ。だから須藤がクラスメイトの

机に牛乳を置いていくんだけど、牛乳瓶って蓋がしてあって、その上に紫のやつが

付いてるだろ?」

「半透明の紫のフィルム?」

「そうそう、それ。須藤ってそれを一回外して、舐めてから元に戻して、配ってた

んだって」

「え……フィルムを?」

「違う違う。フィルムを外して、蓋を外して、その蓋の裏に付いた牛乳を舐めて、

蓋とフィルムを戻してから配ってた」

「フィルムと蓋の意味ないじゃん……」

「だよなー」




「それはまた強烈な話だな」


 智子は素直に感想を述べた。


「折角飲むところが2重で守られてるのに、須藤はそれをいとも容易く突破したん

です」

「まあ、やろうと思えば誰にでもできることなんだけどな」 

「だからこそ、瓶牛乳は怖いんです……」


 本気で怖がる進介に智子は言った。


「そんなことするやつなんて、他にいねえだろ」 

「まあ……」

「まあじゃねえよ」

「校長先生に言って変えてもらえませんか」

「だから、お前がその話を忘れれば済むことなんだよ」

「せめて話だけでも……」

「私が聞いたからこの話はこれでおしまい! 校長先生には伝えません!」 


 進介は泣きそうな顔をする。


「その須藤っていう女子、今はそんなことしてないんだろ?」

「去年同じクラスでしたけど、大丈夫でした」

「だったらいいだろうが」

「でも去年は紙パックだったし……」

「今年は別のクラスだから関係ないだろうが!」

「でも――」

「でもじゃねえ! それともお前はこのクラスにそんな馬鹿なことをしそうなやつ

がいるとでも言うのかよ!」

「健太……」


 進介が口にしたのは視力1,5で眼鏡をかける男の名前であった。


「田中健太か……。確かにあいつはまあな。でも、大丈夫だろ?」

「不安です……」

 

 それを聞き智子も黙ってしまう。


 最近、健太の授業の理解度が低いことが智子は気になっていたのだ。


「まあ……あれだ。あいつが給食係になった時は2人で交代で監視しよう。な?」

「はい。でも、教室に来る前に廊下で犯行に及んでいたとしたら……」

「もうそれ以上は言わないでよ!」


 あとからあとから溢れてくる進介の不安に智子はパニックになった。


「もう、なんなんだよお前は! そんなに牛乳が不安なら飲まなきゃいいじゃんか

よ!」

「でも、飲まないと怒られるし……」

「怒らないよ! もうそんな時代じゃないんだよ! お前も知ってるだろ!」 

「でも、ともちゃん先生は――」

「でもでも、うるさーい!!」 


 涙を流す智子に教室にいた全ての生徒の視線が集まる。


「でもでも言い始めたらきりがないでしょ! ちょっとは我慢して!」

「この話、クラスメイト全員で共有しませんか?」

「この話ってなんだよ!」

「健太が牛乳の蓋を舐めてるかもしれないこと……」

「それはまだ確認できてないよ! 完全に冤罪だよ!」



 健太がそんなことをしていないのは進介も理解している。しかしもしかしたら 

次からやるかもしれない……そう思うと、不安で居ても立ってもいられなくなるの

であった……。 

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