43 元レディースの総長
「斎藤先生って確かにメイクの仕方も独特だったもんな」
智子は思い出したように言った。
「唇が真っ赤でしたよね。私、毎日それが気になってた」
昨年、斎藤のクラスだった愛梨は言った。
「眉毛もそうだし、アイメイクもだな。好みの問題だから文句を言うつもりはない
が、教師っぽくはなかったよな」
「斎藤先生の目と眉毛ってメイクだった?」
「自然にあんな迫力のある顔はできないぞ。眉毛は抜いてから描いてあったし、目
もつり目に見えるようにアイラインを引いてた」
「えー、そうなんだあ」
昔のヤンキーのような一見下品な斎藤の顔が元からだと思っていた愛梨は、それ
がメイクで作られたものだと知り驚いた。
「ああいうのが今の流行のメイクなんですか?」
「絶対違うだろ。私も今の20代の子の流行に詳しいわけじゃないけど、町で見た
ことあるか?」
「あー……ないですね」
「だろ? ああいうのは80年代とかのヤンキーファッションなんだよ。私が子供
の頃だから40代の私ですら古臭く感じたもんな」
ヤンキーファッションと聞いて愛梨には思い当たることがあった。
「そういえば斎藤先生、『自分は元レディースの総長だ』ってよく言ってた」
「なに!?」
智子にとってそれは初耳であった。
「元レディースの総長!? 斎藤先生がそう言ったのか?」
「うん。授業中、事あるごとに言ってた気がする」
「教師が生徒の前で、『自分はレディースの総長だった』なんて言うタイミングな
んかないだろ……」
「人間て好きな事や自慢話を繰り返ししちゃうじゃないですか。サッカーが好きな
人はサッカーの話をしちゃうし、甲子園に出たことのある人はそのことを繰り返し
しちゃいますよね?」
「斎藤先生にとってのそれが、『元レディースの総長』なのかよ」
「多分。違うかなあ?」
愛梨はそう言って首を捻ったが、案外それは間違いではないかもしれないと智子
も思った。
教師という職に就いたものの斎藤が本当にやりたかったのは、「レディースの総
長として日本統一」だったのかもしれない。
(蓼食う虫も好き好きって言うし、人の夢もそれぞれだよなあ……)
智子は、今は遠い空の下で幸せに暮らしているであろう斎藤朱音に思いを馳せる
のであった。




