40 ボス、死す
教室の隅で健太と昌巳が笑っている。この2人は休み時間いつも一緒で、たいて
い笑っている。
「おい、田中」
智子は2人に近付いた。
「昨日のカエルだけど、親からは怒られなかったか? あんな大きいの持って帰っ
てびっくりされただろう」
「いや、怒られなかった。みんなでテンション上がっちゃって、夜中まで順番につ
んつんしてた」
「おお、そうか。それはよかったな……」
「うん!」
健太は成績の良くない生徒である。それはきっと両親からの遺伝なのであろう。
「そのボスなんだけどさあ、朝になったらいなくなっててさあ――」
「いなくなった? あんなでかいのがいなくなった?」
「うん、朝起きたらいなくなってた」
「お前一体どこで飼ってたんだよ」
「どこって、ケースだけど?」
「蓋してなかったのかよ」
「蓋なんかしないよ。今までもそれで逃げられたことなんてなかったから。でも、
ボスはすごい。あの大きさだからジャンプ一発で外に出たんだろうな」
健太はボスを褒め称える。
「誇らしげに言ってる場合か? そのケースって家の中? 外?」
「家の中では飼わないよ。外だよ」
「まあ、流石にそれはそうか」
「うん。ベランダに置いてた」
「ベランダかあ……」
ベランダは予想外だった。部屋の中ではないから臭いは籠らない。しかし、それ
ならそれで別の問題が発生するはず……。
「ベランダって隣のお宅と壁1枚でつながってるよな。もしかして、そっちの方に
移動してるんじゃないのか?」
「最初はそうかもって思ったんだよね。だから、学校から帰ったらピンポン押して
捜させてもらおうかと思った」
「隣の家の人も大変だな。もしかしたら今頃、洗濯物を干した時に見付けて大騒ぎ
になってるかも」
「俺だったら嬉しいけどなー」
「大人はでかいカエル見て喜んだりはしないんだよ」
口を挟んだ昌巳を智子は一刀両断した。
「でも、家を出た時にボスを見つけたんだ」
「そうなの? なんだ、じゃあ良かったな」
「うん。ひっひっひっ――」
突然、健太と昌巳は笑い出した。
「なんだよ、お前ら気持ち悪いな。逃げたカエルが見つかっただけだろ?」
「ボス、外に逃げてたんだ。ひっひっひっ――」
「お前んちのアパート、確か2階建てだったな? 2階からなら落ちても大丈夫だ
ろ?」
「いや、死んでた」
「えっ……」
(こいつら、カエルが死んで笑ってるのか? なんでそれで笑えるんだ? 精神状
態おかしくなったか?)
「しかも、ぺっちゃんこ」
「えっ……」
ぺっちゃんこという言葉を合図に、2人は大爆笑を始めた。
智子と周りのクラスメイトは2人のテンションについていけず茫然としている。
「カエルって2階から落ちただけでぺっちゃんこになるの?」
「ひーひっひっ、ならない……ならない、ひっひっひ――」
「……じゃあ、なんで?」
「車に轢かれてた。ひゃーひゃっひゃっひゃ――」
智子は、なにがおかしいのか分からなかった。でも、健太と昌巳は笑っている。
「ぺっちゃんこ! ぺっちゃんこ!」
「しかも、内臓全出し!!」
健太の口から「内臓全出し」という恐ろしい言葉が飛び出した瞬間、側にいた女
子たちの目は見開き、息をのむ音が室内に響いた。
「おい……」
「なに? ともちゃん先生」
「ボスはアパートの前の道路で車に轢かれて内臓ぶちまけてぺっちゃんこになって
たんだな?」
「その通りー」
「俺って朝は苦手な方だけど、今日はあれを見た瞬間に目が覚めたな」
「帰りに見に行くからな!」
昌巳は嬉しそうに言った。
「近所の人が片付けてなけりゃいいけどな!」
健太は返事をした。
「絶対、昌巳にも気に入ってもらえると思う。だって、ボスの身体の両側から内臓
が飛び出てるんだから!!」
「ひゃーっひゃっひゃっひゃ!!」
「ひーっひっひっ!!」
健太と昌巳はこれ以上ないくらいのご機嫌である。
そんな2人のことが智子はこれまでになく心配に思えてきた。
「ねえ、こいつら大丈夫なの?」
智子は周りにいる女子たちに問い掛けた。問われた彼女たちは皆、「そんなこと
私に聞かれても……」という困惑の表情を見せるのであった……。