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39 巨大ザリガニの秘密

「ザリガニなんかいらないよ」

「そうだよ。私、捕まえたやつも川に返してあげるつもりだし」

「私もそのつもり。ザリガニの家は自然の中だもんね」


 女子たちはみんなで声をかけ、智子を励ました。


 しかし男子たちは諦めきれなかった。あの巨大ザリガニをどうしても自分の手の

中に1度は収めたかった。


「俺が行く」


 その声の主は健太だった。


「俺、蜘蛛とか別に怖くないし、水に濡れても乾かせばいいだけだし」


 普段は健太のことをデブで間抜けなうすのろだと思っている男子たちも、この時

ばかりはこの男を頼もしく思った。


「行くのか」

「任せろ」


 短い言葉を交わした後、健太は智子に近付いた。


「ともちゃん先生、網借して」 


 智子から網を受け取ると、健太は躊躇なく小川に足を入れた。真美は、「靴脱が

ないんだ……」と思ったが、そのことを指摘する暇はなかった。


 健太が1メートルほど進んだ時、下流にいた小さい方のザリガニが素早く逃げて

いった。


「あっちは別にいい! 本命はでっかい方だ!」


 朝陽は健太の背中に向けて言った。


 小さなザリガニを目で追い動きを止めていた健太は、朝陽の言葉を合図に再び動

き出した。目指すは巨大ザリガニだ。


 あと1メートルほどの所で健太は足を止め、改めて巨大ザリガニと蜘蛛の巣の位

置を確認した。


「そこでいけるんじゃないか……」


 蓮はなぜか小声で健太に言った。


 健太は立てて持っていた網を下ろし、獲物に近付ける。気付かれぬようにゆっく

りと、慎重に。そして……。


 網が水面すれすれにまで来た瞬間、健太は一気にそれを下ろした。バシャッとい

う音とともに、水の波紋が広がる。さらに底の砂が水中に舞い上がり視界を奪う。


 巨大ザリガニは網の中に入ったのか、それとも素早く逃げてしまったのか。誰も

判断ができなかった。


 健太は底の砂をえぐるように網を扱い、仲間たちの元へ戻ってきた。



「健太どう? 捕れた?」

「多分、捕れてると思う」


 健太の言葉に、智子と生徒たちは沸いた。


「確認してみないと」

「待て、待て」


 網の中のものを出そうとした健太を智子は制した。


「もうちょっと離れた場所でしろ。川の中に逃げられたらもう1回は捕まえられな

いぞ。あと、確認は田中にやらせろ。こいつの手柄だからな」


 生徒たちは頷き、みんなで川から少し離れた。


「出すぞ」


 健太は誇らしげにそう言うと、網の端を手に取り、中のものを一気に地面にぶち

まけた。


 大量の砂と少しの水草、そしてその中にアメリカザリガニの濃い赤色が確認でき

る。


「いた! 捕れてる! でかい! でかいぞ!」


 興奮が抑えられない男子たち。特に颯介の口数が多くなる。


「俺、物心が付いた時からこの辺で遊んでるけど、こんなサイズ見たことない!

最大記録だ! 15センチはあるんじゃないか!?」


 時間も疲れも忘れ、はしゃぐ生徒たち。そしてそれ以上にはしゃぐ智子。


「MVPだ! 今日のMVPは田中健太、全会一致でお前だ!」


 ニコニコ顔の健太。しかし、ここで愛梨がある異変に気が付いた。


「ザリガニってこんなに動かないものですかね?」


 愛梨の言葉に一同は改めて見てみると、確かに巨大ザリガニは足もハサミも全く

動いていない。


「水草が絡まってるからじゃない?」


 そう言いながら健太は丁寧に水草を剥がしていった。そして現れた巨大ザリガニ

には……頭部が無かった。

 


 「「ギャー」」



 14人は同時に叫び声を上げた。


「頭がない!」

「きしょい! きしょい!」

「なんだよこれ!」

「死んでるって!」



 頭が千切れていることに智子たちが気付くことはできなかったのは、巨大ザリガ

ニがこちらに背中を向けていたからだった。


 胴体やハサミを見ただけでも、明らかにそのザリガニは巨大な個体である。しか

し、自然界にはその巨大ザリガニを捕食する生物などごまんといるのだ。 


「結局、田中の靴がびしょ濡れになっただけだったな」

「俺、なんのために川に入ったんだよー!」


 そう言いながらも健太は満足そうだった。そのことをみんなも分かっているから

一斉に笑い声をあげ、そして帰り支度を始めた。




「ともちゃん先生、この首なしザリガニどうする?」

「水の中に戻してやってくれ。外に出してると腐るしな」

「生きてるやつもここに戻していい?」

「いいぞ。その辺に適当に戻してやれ」


 生徒たちはビニールの袋に入れていたカエルやザリガニを小川に戻した。


「朝陽、ちょっと待って!」


 朝陽が小川に近付いた時、健太が大きな声で制止した。


「なに?」

「1番大きいカエル、俺にくれ!」

「ボス? 持って帰るの?」


 朝陽は子供の片手では持ち切れないサイズのヒキガエルを捕まえており、生徒た

ちは早速その巨大カエルに、「ボス」という名をつけていた。


「田中、お前この間の連休にも田舎で捕ってきたんじゃないのか?」

「捕ってきた。でも、このサイズはいないから。持って帰って家族にも見せたい」

「そうか。まあ、それなら持って帰ればいいんじゃないか。その代わり、大切に飼

うんだぞ。命だからな」

「はい!」


 健太は嬉しそうに微笑んだ。


「ともちゃん先生、帰りもバスですけどいいんですか?」

「なんだよ。俺が貰うんだよ! それとも、じゃんけんするか?」

「いや、いらない……」


 真美は本気で「気持ち悪い」という顔をした。


「電車にカエルを持ち込むのは駄目だってこの間ともちゃん先生が言ってたから、

バスも駄目なんじゃないのかなって思ったんだけど」

「えっ、ともちゃん先生、駄目なの?」


 健太は智子を見る。


「本当は駄目だ。だけど、田中は今日のMVPだからな。特別だ。私が許可する」

「よしっ」


 健太はひとつガッツポーズを決めると、朝陽の袋に手を突っ込み一際大きなヒキ

ガエルを取り出した。


「おっと」 


 健太に鷲掴みにされた土色のヒキガエルがひょこひょこと足をばたつかせた。


「入れ!」 


 健太はそう言ってヒキガエルを自分の袋に入れた。ヒキガエルはビニール袋の中

で暴れ回り、その度にドスドスという音を立てる。


「……やっぱり禁止にしようかな」

「えっ! いいって言ったじゃん!?」

「だって気持ち悪いだろ、それ。他のお客さんどう思うんだよ、それ」

「カエルだから! カエルだって説明するから!」

「前も思ったけど、お前のカエルに対する熱い思いは世間では普遍的ではないぞ」

「分からない! 言葉が難しくて分からない!」

「どうしても持って帰るんだな?」

「絶対に持って帰る!」

「分かった。じゃあ、お前は私たちからちょっと離れた席に座れ。絶対に他の乗客

から、私たちとお前が知り合いだと悟られるな」

「分かった! 離れてるから! 絶対に離れてるから!」

「あと、お前靴べちょべちょだぞ。本当にいろいろと恥ずかしいやつだな」

「これはしょうがないじゃん!」



 健太は智子の許可が貰えて幸せだった。他の生徒からは、「本当にそれでいいの

か?」と思われていたが、それはまた別の話である。

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