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37 バスの向こう

 日曜日の午後1時、約束の時間に集まったのは男子7名と女子6名、それに引率

役の智子を合わせた合計14名だった。


「みんな昼食は済ませてきたなー」

「はーい」

「バスはあと10分くらいで来るはずだから、おとなしく待ってろ。10円玉持っ

てないやつは両替してやるぞ」


 駅前のバス停は休日ということもあり、朝からほどよく空いていた。



「ともちゃん先生、今日はやっぱり大人料金ですか?」


 真美は智子の耳元で囁いた。 


「当たり前だろ。まあ、そう心配するな。もう手は打ってある」

「はあ……」


 真美の心配をよそに、智子は自信満々である。


「来たぞー! ゆっくり順番に乗っていけ!」


 バスが乗り場に到着し、中央のドアが開いた。智子を先頭に14人は乗り込んで

いく。


「空いてるみたいだから、席に座っていいぞ」


 生徒たちは智子に言われるまでもなく、仲の良いもの同士で固まって席に着く。


 智子は一番前の席に座った。


「ともちゃん先生、前が見たいんだろうな」


 男子たちはそう言って、くすくすと笑った。



 駅前のロータリーを出たバスは繁華街から住宅街へと進んでいく。


「あっ」

「どうしたの? ともちゃん先生」


 智子の後ろの席に座った真美が声をかけた。


「日焼け止め塗ってくるの忘れた。しくったなー」

「日焼け止めなんか塗らなくていいよ。おばさんじゃないんだから」

「今から塗っておけば、将来シミ無しババアになれるだろ? それが重要なんだろ

うが」


 真剣な智子の言葉に真美はふふっと笑った。



 目的の停留所に到着しバスが停止する。智子は真っ先に席から降り、運賃箱の横

で立ち止まる。すると智子はポケットから230円を取り出し、その手を真上にか

ざした。「私はこれから大人料金を支払うぞ」そんな意志表示であった。


「湊川智子です」

「はい。校長先生から聞いてますよ」


 智子は運転手と短い会話を交わし、そして運賃箱に230円を投入した。


「ともちゃん先生、ほんとに大人料金入れたぞ!?」

「すげー!」

「あの見た目で大人料金!?」


 智子は男子たちの声を背に、意気揚々と降車した。


「ともちゃん先生、運転手さんに怪しまれませんでしたね。なんでだろ?」

「うん。だって昨日、校長先生にお願いしてバス会社に電話してもらったから」


 続いて降車した真美の疑問に、智子はさらりと返した。

  

「見た目はこうでも、私の知能は大人だからな」


 誇らしげな智子に真美は優しく微笑み返した。



 一行は颯介の案内の元、大通りを抜け林の中へと入っていく。颯介は慣れた足取

りであるが、それ以外の者にとっては見るもの全てが新鮮であった。

 アスファルトやコンクリートで舗装されていない道、見渡す限りの木々、視界か

ら消え去った人工物。今自分たちのいるこの世界が故郷の町の一部だとは信じられ

なかった。


 バスを降り、歩き始めておよそ10分、林を抜けるとそこにはいくつもの田んぼ

が広がるのどかな風景が現れた。


「えー、バスでたった10分でこんな田舎みたいな場所に出られるの!?」

「見ろ! 魚!」

「フナだ!」

「うわっ! めっちゃいる!」


 田んぼの脇にある水路を覗き込み、颯介以外の13人は興奮の声を上げる。


「たまに亀が浮いてるんだよなー」

「亀!?」

「毎年、弟と捕まえてるよ。持っては帰らないけど」

「なんで!? 亀いらないのかよ!」

「だって、ここに来ればいつでも捕まえられるからな」


 さらりとすごいことを言う颯介に他の13人はある種の恐怖を感じた。13人に

とって、人生で初めて「情報」の価値を思い知った瞬間であった。


 一番前で水路を覗いていた智子は振り返り、生徒たちに向かい言った。


「お前ら、ここからは個人戦だ。バスに乗るまでの残り3時間、1番大きな獲物を

捕ったやつが優勝だ」智子は生徒たちの顔を見回し、そして続けた。「賞品は出な

い。ただ名誉に興味があるやつだけが参加しろ。いいな!」


  「「オー!!!」」


 生徒たちの鬨の声を合図に、14人はそれぞれ狩りの場を求めて動き出した。



 雲ひとつない青空が、智子と子供たちを包み込むように広がっている。智子も生

徒たちも、輝く太陽の光を全身に浴びている。

 大きな建物と狭い道路に囲まれて育った彼女たちにとって、どこまでも広がる青

空と輝く光は夢の中で見た景色そのものであった。

 彼女たちは夢中で足元に広がる世界を覗き込み、そこにいる生き物たちを追いか

けた。 

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