34 どこでもトイレチャレンジ
「「キャッ!」」
昼休み、校舎裏に足を踏み入れた女子たちが声を上げた。
偶然近くを通りかかった智子が声をかける。
「どうした? へびでも出たか?」
「ともちゃん先生、見てください……」
「えー? へびだったら嫌なんだけど……」
「へびじゃないです。人間です」
「人間ならお前らが見ればいいだろうが――」
そう言いながら校舎裏を覗き込んだ智子が見たもの、それは半ケツを出し、並ん
で立ち小便をする4人の男子たちだった。手前から朝陽、蓮、駿、陸斗である。そ
の向こうには笑いながら様子を見ている進介と颯介の姿もある。
「お前ら、随分とご機嫌なことをやってんな」
「あ! ともちゃん先生だ! 逃げろ!」
智子に見つかったことに気付いた4人は放尿したまま、がに股の横歩きで逃走を
始めた。
「うわ! かかる!」
「やめろ陸斗! こっちにかかるから!」
「無理だー!」
「お前ら馬鹿か! 今から逃げても意味ないんだよ!」
「最悪だー!」
「最悪なのはお前らの汚いケツと放尿シーンを見せられてるこっちの方だよ! 今
すぐ止めろ!」
「もう出てるから無理!」
「無理じゃねえよ! 止めろったら止めろ!」
「全部出るー!!」
「トイレで出せー!!」
放尿を終えた4人と2人は校舎裏で並んで立たされていた。足元の土は濡れてお
り、湯気が立っている。
「説明しろ」
腕を組んだ智子は言った。校舎の向こうからは数人の女子が顔を覗かせ、立ち聞
きをしている。
「……」
「黙ってないでなんとか言え。どうしてこんなところで小便をした。トイレなんて
校舎内にあり余るほどあるだろうが」
「……トイレチャレンジをしていました」
「あ?」
トイレチャレンジという聞き慣れない単語に智子は戸惑った。
「なんて?」
「トイレチャレンジです。正確には『どこでもトイレチャレンジ』です」
「どこでもトイレチャレンジ……」
「はい」
「だからなんなんだよ、それは!」
キレる智子に対し、6人を代表して朝陽が答える。
「この間の学年集会で佐久間先生が猫の話をしていて、そこから猫はいろんなとこ
ろにマーキングをして回るっていう話になって、ぼくたちも来年には卒業なので今
のうちにマーキングしておこうっていう話になって、それでまずは校舎裏からとい
うことになりました」
「なるほど。お前らは馬鹿なのか?」
「はい」
「はいじゃねえよ! なんで猫じゃないお前らがマーキングをする必要があるんだ
よ! それともお前らは猫なのか? 自分たちのことを猫だと思っているのか!」
「いえ、思ってません」
「当たり前だ! だったらなんでマーキングなんて話になるんだよ!」
「ぼくたちももうすぐ卒業なんで、感傷的になっていたのかもしれません……」
朝陽は視線を落として答えた。しんみりとした空気の中、智子は6人に言った。
「まだ4月だよ! 卒業を意識するには早すぎるよ!」
「はい」
「はいじゃねえ! 素直な態度を取れば評価されると思うな!」
「はい」
「なんなんだよ、お前らは! なめてんのかよ!!」
智子は今にも掴みかかりそうな態度で6人に詰め寄る。
陰で見ていた女子が現れ、智子を制止した。
「ともちゃん先生、授業が始まる前に水で流さないと」
「そうだよ! お前らのしょんべんの臭いが充満してるだろうが! ちゃんと流し
とけよ!」
そう言うと智子はその場を立ち去ろうとした。
「もう2度とそんなふざけた事はするなよ! 次やったら留年させるからな!」
しかし怒りが収まらない智子は校舎裏からは立ち去らず、大声で6人に警告をし
た。
「なんだその顔は! 小学校で留年なんてありえないって思ってるんだろ! させ
てやるからな! お前らをしょんべんで留年させてやる!!」
女子に羽交い絞めにされ、智子は大声で喚きながら泣き出した。
「ちくしょー! ちくしょー!」
「ともちゃん先生、ごめん」
「なんだよ! 私が泣いたら謝るのかよ! ちくしょー! ちくしょー!」
「もう俺たち、トイレ以外の場所ではおしっこしないから。約束する」
「当たり前だ! 約束とかそういう問題じゃねえんだよ!」
体力の続く限り喚き続ける智子は、女子たちに抱えられ職員室に帰っていったの
であった。