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31 仔猫の首がちょん切れる

 講堂で学年集会が行われた。


 3組担任の佐久間がマイクを握る。


「最近、図工室の裏に仔猫が住みついているのはみんな知ってるかな。それを見て

親猫と離れ離れになってかわいそうだし、かわいいからと餌をやっている生徒がい

るようだが、今後はやめるように」


 多くの生徒たちは仔猫の存在に気付いていなかったが、一部の生徒は自分の給食

をその仔猫のために残し、昼休みにやりに行っていた。


「実は10年前、君たちがまだこの学校に入学もしていなかった頃にも同じ場所に

仔猫が住みついたことがあった。その時も君たちと同じように、当時の生徒が給食

の残りを毎日その仔猫にやっていたんだ」


 生徒たちは、「もしかしたら今いる仔猫は、10年前のその猫の子孫かもしれな

い」と想像した。


「図工室の裏って授業で使ういろいろな道具が置いてあるだろ? その中に鉄板が

あって、ある日それが滑り落ちて仔猫の首に直撃した」


 予想外の展開に生徒たちは戸惑った。その話を初めて聞いた智子も戸惑った。


「仔猫って身体が小さいよな? 首も細いよな? 結局その鉄板により、仔猫の首

はちょん切れてしまった」


 あまりの展開に生徒たちは唖然とした。智子は唖然を通り越して、がくがくと震

え始めた。


「だからみんな、学校にいる仔猫には決して餌を与えないように」


 そう言うと佐久間はマイクの電源を落とした。


 この日の学年集会はこれでお開きとなった。生徒たちは首の千切れた仔猫を想像

し、気分が沈んでいる。それ以上に智子は大きなショックを受け、わなわなしてい

る。



 智子は教室に戻ってからもまだ佐久間の話を引きずっていた。


「なんだよ、あの話。仔猫かわいそうすぎるだろ」

「びっくりしましたよね。野良猫に餌をあげるなって言うだけかと思ったら、まさ

かあんな展開になるとは……」

「そうだよ……。あんな話、酷いよな」


 猫好きの智子と優花は佐久間の話に衝撃を受けすぎて、他の事がなんにも考えら

れなくなっていた。


「図工室の裏って祠とかないよな?」

「ほこら?」

「仔猫の霊を祀るようなやつ」

「あー。多分ないと思う。お墓もないと思う。知らないけど」

「なんで墓もないんだよ!」


 智子の突然の大声に優花は身体がびくっとなった。


「石塚、あとで墓作りに行こうぜ。それか祠」

「その前に図工の先生の許可を取らないと」

「そんなもん、いらねえ。私が許可する。図工室の裏に墓と祠を作ります」


 智子がまた勝手なことを言い始めた。


「あんまり勝手なことはしない方がいいんじゃないかなあ……」

「なんでだよ! そこで仔猫は死んでるんだよ! かわいそうじゃないのかよ!」

「かわいそうだけど……。でも、祠はさすがに学校の許可がいると思うなあ」

「いらねえったらいらねえ。なぜなら学校よりも仔猫の方がかわいいからだ」

 

 智子の判断基準は「かわいさ」にあるのだと、生徒たちはこの時初めて知った。


「石塚がなんと言おうと仔猫があそこで死んだっていう事実は変わらないからな。

最低でも墓は絶対に作るからな」

「それはまあいいですけど」

「よし。じゃあ、今日の放課後図工室前に集合な。墓と祠は図工室にある道具で適

当に作っちゃおうぜ」

「適当に……」


 智子と優花は放課後に仔猫のための墓を作る約束をした。


 すると離れた場所で2人の話を聞いていた諒が近付き、そして言った。

 

「俺は仔猫は死んでないと思います」

「なに?」


 智子は諒を睨み、きつい口調で問い詰める。


「なんだ、桐谷。それは根拠があっての話だろうな」

「はい」

「お前は佐久間先生の言ったことを否定してるんだぞ? 佐久間先生は嘘吐きだっ

て言ってるのも同然なんだぞ?」

「まあ、はっきり言えばそうなります」

「よし。そこまで言うなら聞いてやろう、お前の用意した仔猫が死んでないってい

う根拠をな」


 諒は一呼吸置き、落ち着いて話し始めた。


「佐久間先生は、『以前あそこで鉄板が滑り落ちて仔猫の首がちょん切れる事故が

あったから仔猫には餌をあげてはいけない』と言いました」

「そうだ」

「でも、その話で本当に重要なのは仔猫の首がちょん切れたことではなく、鉄板が

滑り落ちたことですよね?」

「は? 違うだろ。鉄板が滑り落ちるよりも、仔猫の首がちょん切れた方が重要だ

ろ」

「では10年前、そのニュースは新聞やテレビで報じられましたか?」

「そんなの知らないよ」

「図書館に行って調べてみれば分かると思いますが、その前に想像してみてくださ

い。ともちゃん先生はそんな報道があったと思いますか?」

「まあ……ないだろうな」

「そうです。よっぽど人口の少ない村での出来事であったならば地域のニュースに

なるかもしれませんし、猫が意図的に殺されたのなら大手メディアでも扱われるか

もしれません。しかし今回はそのどちらにも当てはまらないんです。明らかな事故

であれば、野良猫の死なんてその程度の扱いにしかなりません」


 仔猫の死に対する諒の言い方に智子はむっとした。


「だからなんだよ。報道されなければ仔猫は首がちょん切れてもいいってお前は言

いたいのかよ」

「そんなことは言っていませんが、もしも滑り落ちた鉄板の下にいたのが仔猫では

なくて生徒だったらどうなっていたと思いますか?」

「まあ、怪我はしていただろうな」

「仔猫とはいえ、動物の骨が完全に切断されるほどの力ですよ? 間違いなく大怪

我ですよ」

「確かに」

「だったら佐久間先生が言うべきなのは、『仔猫に餌をやるな』ではなく、『危な

いからそこには近付くな』であるべきでしょう」


 優花は諒の話を聞いて感心をし、「仔猫がかわいそう」という感想しか湧いてこ

なかった自分が恥ずかしくなっていた。

 しかし、智子は違っていた。


「うるせえよ! お前、生意気なんだよ!!」

「えー……」

「じゃあなんだよ、佐久間先生は嘘吐きだって言いたのかよ!!」

「野良猫への餌やりをやめさせるためですし、図工の先生のいないときは図工室の

裏には入るなって言いたかったのかもしれません」

「目的があったら教師は嘘を吐いてもいいっていうのか!」

「それは佐久間先生がどう思ってるかですよね……」

「じゃあ確認してきてやるよ! お前が間違ってたら謝れよ! 私と死んだ仔猫に

土下座しろよ! そこで待ってろ!!」


 そう啖呵を切った智子は、例の如くダッシュで教室を出ていった。


 

 チャイムが鳴り4時間目が始まった。


 智子は落ち込んだ様子で下を向き、とぼとぼと教室に入ってきた。最早、職員室

で佐久間との間にどのようなやり取りがあったのかは、聞く必要はなかった。


 台に乗り教卓の前に立った智子は今にも泣き出しそうな顔で話し始めた。


「佐久間先生、嘘吐いてた。仔猫死んでなかったし、そもそも存在してなかった」

「ともちゃん先生、首がちょん切れて死んだ仔猫がいなかったのならよかったじゃ

ないですか」


 落ち込む智子に優花は声をかけた。


「佐久間先生の嘘吐きー。なんだよー。なんだよー」


 優花のフォローも虚しく、智子はぽろぽろと涙を流して泣き始めた。 


「私、首がちょん切れた仔猫のために祠作ろうと思ったのにー」

「ともちゃん先生、祠作りたかった?」

「作りたかったー。楽しみだったー」


(楽しみ?)


 楽しみだったという智子の言葉に多くの生徒は引っ掛かりを感じた。


「佐久間先生のこと信じてたのにー。ちきしょー。ちきしょー」


 

 果たして智子はなにを悔しがっているのか……。側で聞いていても、生徒たちは

訳が分からないのであった。 

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