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29 ゴム

「ともちゃん先生って、ゴム付きのテニスボール打ったことある?」


 突然、涼香からそう聞かれた智子は頭と身体がフリーズしてしまった。 


「ともちゃん先生どうしたの!? 固まっちゃったよ!」

「あ、ああ……」

「どうしたの?」


 涼香は心配そうに様子を窺う。


「ゴム付きテニスボールってなんだっけと思って……」

「テニスボールってあるでしょ? 黄色いの。あれに長めのゴムが付いててラケッ

トで打ったら戻ってくるの」

「ふーん。そういう遊び?」

「遊びでもやるし、テニス部の人の練習でもやってるよ。1人でできるから」

「自分で打ったボールが戻ってきて、それをまた打つってこと? ということは、

上手い人なら永遠ループだな」

「そうなの。体力の続く限り延々と――」

「あー!!」


 智子の突然の大声に涼香はビクッとなった。


「なに……ともちゃん先生」

「思い出した! 私も1年生の時、社宅の前の道でそれ見たことある!!」

「社宅の前の道?」

「特別支援学校のちょっと上にある、今は老人ホームになってるところが昔はおっ

きな会社の社宅だったんだよ。そこにクラスメイトが住んでたから、1年の時によ

く行ってたんだ」

「ともちゃん先生がこの学校に通ってた時の話?」

「そうだよ。今から40年以上前の話だ。その時に、その社宅の前の道でゴム付き

のボールをラケットで打ってる子がいたんだよ。完全に忘れてたけど、今思い出し

た。うわー、懐かしいなあ……」


 智子は42年前の少女時代の光景を思い出し、自然と笑顔になる。


「あれって今もあるんだな。そうか、テニスの練習か。だったら時代は関係ないよ

な」

「じゃあ、ともちゃん先生は子供の頃にやったことあるんだね?」

「いや、ない」

「ないの?」

「ないよ。見てただけだから」

「興味もないってこと?」

「興味はある。めっちゃやりたかったし」

「だったら、やらせてもらえばよかったのに。なんで?」

「だって、知らない人だったから……」


 智子は拗ねたように口を尖らせる。


「ああそうか。近くの子だからといってお友達とは限らないもんね。そうだった、

そうだった」


 涼香は「ごめんね」といった感じに笑ってみせた。


「あれってどこに売ってるんだろ。スポーツ用品店? あ、ネットなら余裕で買え

るか」

「うん。私、ネットで買ったよ?」

「そうなの!?」

「うん」


 涼香は誇らしげに頷いた。


「春休みにおじいちゃんの家に行った時に近所でやってる子がいて、私もやりたく

なったの。昨日そのことを思い出して、ネットで買った。ゴム付きボールとラケッ

ト。1番安いやつだけど」

「もう届いたの? 注文したの昨日だろ?」

「お昼休みにお母さんにメールで確認したら、午前中に届いたって」

「昨日注文してもう届いてるのかよ。日本の物流すげえな!」

「物流? 分かんないけど。へへへ……」

「いいなあ。あれが好きな時にできるのかあ。いいなあ」

「今日、一緒にやる?」


 涼香の提案に智子は目を見開いた。


「いいの!? できんの!?」

「私も初めてだし、できれば広い場所がいいんだけど、放課後の校庭って使っちゃ

駄目かな?」

「うーん、どうだろうなあ……」

「校長先生の許可があっても駄目?」

「あっそうか! 校長の許可があればいいんだ! すぐに聞いてくる!」


 智子が教室をとび出そうとした瞬間、休み時間の終了を告げるチャイムが鳴り響

いた。 


「ともちゃん先生、チャイムが鳴ったから校長先生に聞きに行くのはあとにしよう

よ」

「いやだ!!」

「えっ……」

「今すぐ聞きに行く!」

「でも6時間目の授業があるから……」

「そんなんどうでもいい!」

「えー……」

「勝手に自習してろ!」

「えー……」

「ともちゃん先生、廊下は走っちゃ駄目だよ……」

「お前、うるさーい!!」

「えー……」


 そう言うと智子は教室を抜け出し、ダッシュで校長室へと駆けていった。


「ともちゃん先生、どこ行った?」


 教室に戻ってきた朝陽が涼香に聞いた。


「校長室……」

「校長室? なんで?」

「分かんないけど、6時間目自習だって」

「そうなの?」



 6時間目は自習、といっても勉強をする者などいるはずもなく、教室内は大騒ぎ

である。


 一向に戻ってこない智子。仲の良いもの同士でお喋りに花を咲かせる生徒たち。


 ただ涼香だけが自分のせいでこうなったと自責の念に捉われるのであった。

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