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27 交流学習

 滝小学校から直線距離にして200メートルほどの場所に滝特別支援学校はあっ

た。


 すぐ近くに位置しているものの、長年両校の生徒同士の繋がりは全くなかった。


 それが、昭和63年度から両校の間で、「交流学習」が始まった。


 交流学習は月に1度行われ、交互に相手の学校を訪問する。


 滝特別支援学校に通う生徒の多くが車椅子を利用しており、教室ではなく広い講

堂が使用された。


 滝特別支援学校小学部に通う生徒は20人足らずなので、バランスをとるため、

滝小学校から交流学習に参加するのは、毎年6年生だけであった。



 智子は両校の交流が始まった昭和63年度に滝小学校の6年生だった。つまり交

流学習に参加をした1期生なのだ。


 3年前、智子が滝小学校に赴任した時に驚いたことのひとつが、この交流学習が

まだ続いていたことだった。


 滝養護学校は滝特別支援学校にその名が変わり、滝小学校は少子化の影響で1学

年の生徒数が100人を大きく下回っている。


 そんな時代の変化があっても、交流学習は30年以上も続いてきたのだ。


 智子はその伝統がこれからも続くことを願いながら、今年度初の交流学習のため

生徒たちと共に滝特別支援学校の門を潜った。

 


 講堂に通された生徒たちを滝特別支援学校の生徒、教師、それに生徒の保護者が

迎えた。


 教師の数が自分たちの学校よりも多いことと保護者が付き添っていることを聞か

されていないため、滝小学校の6年生は毎年ここで戸惑いの表情を見せる。

 

 そんな生徒たちをよそに、挨拶が終わると最初の授業が早速始まる。



 授業は班ごとに行われる。各班に滝特別支援学校の生徒が1人と滝小学校の生徒

4人が配属される。この5人組がこれから1年を共に過ごすことになる。 


 どの生徒も表情や態度から緊張感が伝わってくる。ほとんどの滝小学校の生徒に

とって、車椅子に乗った障碍者と接するのは人生で初めての出来事であり、その緊

張感は当然のものとも言える。


 一方、滝特別支援学校の生徒たちの多くは前年も前々年も滝小学校の生徒たちと

交流学習を行っているため、慣れたものである。中には、初対面とは思えないほど

の打ち解けた雰囲気の生徒もいる。 


 

 智子は1組の生徒たちの所属する各班を見て回った。

 

 各班には必ず滝特別支援学校の教師か保護者が付き添っているため、大きな心配

はない。

 

 ただ智子がひとつ気になるのは、滝特別支援学校側の生徒の個性がそれぞれあま

りにも違うということだった。相手の個性が違えば、当然ながらこちら側の対応も

違ってくる。それを6年生の児童たちが各自の判断で行うのだ。相手を傷付けてし

まった場合は同時にこちらも傷付くことになる、この交流学習にはそんな繊細さが

含まれていた。



 班ごとの挨拶も終わらぬうちに、賑やかな笑い声が上がる班があった。朝陽や優

太らのいる3班だ。


 滝特別支援学校から入っているのは山崎空、小柄な男の子だ。


 空は車椅子には乗っておらず、言葉での意思疎通もできるうえに表情も豊かで、

周りの人間を自然と笑顔にする、そんな生徒だった。



 一方、最も重い障碍を抱えた生徒が入っているのは、駿や進介らのいる1班であ

る。


 1班に入った松井大河はフラットになった車椅子に横になっている。瞼は開いて

いるが眼球は動かず、言葉を発することもない。駿たちの言葉に返事をするのは大

河の母であり、駿たちは大河と意思疎通ができているとは思えなかった。


 3班の方からは高く大きな声と笑い声が絶え間なく聞こえてくる。


 1班の4人は気が付くと賑やかな3班の方を眺めてしまう。


 目の前の大河の小さな反応に、初対面の4人が気付くことは無理なことだった。



 智子はそんな1班に近付き、声を掛けた。


「私、3年前に6年生の担任をしていたので交流学習にはその時に参加してたんで

すけど、大河くんてその時もいましたっけ?」

「いえ。大河は2年生ですので、3年前はまだ参加してないですね」


 大河の母は静かに、微笑みながら答えた。


「あれ? なんか、虫のブローチがいくつか付いてますね。それとか、こっちも」

「ええ、そうなんです。この子は虫が好きなので、付けてあげると喜ぶんです」

「俺も虫は好き」


 虫と言う単語に反応した駿が言った。


「カブトムシが一番かな。進介は?」

「ぼくはクワガタ。蝉はうるさいからあんましだけど、ニイニイゼミはちょっと好

き」

「分かる。ニイニイゼミってちょっと小さいし、羽根も透明だし、なによりもレア

キャラなんだよね」

「そうそう」

「大河くんは蝉も好き?」


 虫好きから始まって会話が盛り上がり始める。


 それに対する大河の反応がどうなのかは、残念ながら智子にもよく分からない。


 しかし、大河の母が嬉しそうに5人のことを見つめているので、きっといい状態

なのだろう。智子はそう判断し、その場を離れた。


 

 全ての班が少しずつ打ち解けていく。この日初めて会った隣の学校の生徒たちが

あっという間に仲良くなる。この時間が、この空間が、智子はたまらなく好きだ。



 これから生徒たちは1年をかけてどんな成長を見せてくれるのか、それが智子は

楽しみだった。


 来年の桜の咲く季節までの短い交流が、今年も始まった。

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― 新着の感想 ―
6歳児女児先生に戸惑って無いのがすごい。 けど6歳児が入って来るのを想像すると面白いです。 今更ですけど板書って・・・あ、今はタブレットか
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