表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/217

25 朝の発表会

「明日から毎朝、班ごとに前に出てその日あったことを1人ずつ発表してもらう。

明日は1班、明後日は2班だ」


 ある日の終わりの会で智子は生徒たちにそう伝えた。

 それを聞いた春馬が質問をする。


「それってなんの授業ですか? 国語ですか?」

「発表は毎日、朝の会のあとに行う。どうしてこんなことをやるかというと、それ

はお前らが将来社会に出た時の予行演習のためだ。働き始めたら人前でスピーチを

したり、プレゼンをしたりする機会があるだろう。その時のために、人前で話をす

ることに慣れておいてほしい。まあ、そういうことだ」 


 生徒たちは一様に、「なるほど」ではなく「授業だし仕方なくやるか」といった

表情をしている。



 翌日、朝の会を終えると予告通り1班による「発表会」が行われた。


 それぞれの班には男女合わせて5人おり、1班には男子2人と女子3人がいた。 

 5人とも緊張の面持ちだが、その中でも進介はとりわけ硬い表情をしている。



「今日の朝、学校に来る途中こけてしまいました。痛かったです」


(こけたがうけている……いいなぁ)


「今日の朝、忘れ物をして家に取りに帰りました」


(忘れ物かぁ……先に言われちゃった。どうしよう……)


「今日の朝、テレビを見たら星占いをやっていて、私の星座が12位でした。ラッ

キーアイテムは数珠でした」


(数珠がうけている……いいなぁ)


 進介は焦っていた。「自分の言うことがもうない」そう思っていた。


 智子は「他の人と同じことは言っては駄目」などという指示は出していない。

 しかし進介は勝手にそう解釈し、勝手に苦しんでいた。


(そもそもなんで発表が朝なんだ!? 起きてまだ1時間ちょっとしか経ってない

のにそんな珍しいことなんて起こるわけないだろ!)


 智子は「珍しいことを発表しろ」などとは言っていない。しかし進介は勝手にそ

う解釈し、勝手に苦しんでいた。


「今日の朝、梅干しのおにぎりを食べたら種が入ってなくてびっくりしました」


(それは単なる種無し梅だろ!)


 進介は隣で発表を済ませた女子のことを心の中で毒づいた。「上手くこの場を切

り抜けやがって」と思った。しかしいくら他人を見下そうとも、自らの窮地は変わ

らない。


 そして進介の番がやってきた。


「えーと……」


 頭の中が真っ白だった。

 前に立てばなんとかなると思っていた。

 自分よりも前の発表を聞けば、なにかが頭に浮かぶと思っていた。

 しかし、現実はそんなに甘くはなかった。頭の中は驚くほどに真っ白で、アイデ

アなんてなんにも浮かんではこなかった。 


「……今日の朝、学校に来る途中こけて怪我をしてしまいました。痛かったです」


 進介の発表に少しだけ笑いが起こった。


(嘘ついちゃった……でも、しょうがないよな。ちっちゃいけど笑いも起きたし、

まあいいか)


「どこだ?」

「え……」 

「どこを怪我したんだ?」


 突然進介に向けられた追及の声。

 

「どこを怪我したんだ? 見せてみろ」


 その無慈悲な声の主は智子だった。


 進介の顔が歪む。


(なぜぼくにだけそんな質問を……)


 進介は苦し紛れに両肘を見回した。


(どこかに傷はないか……)


 そんな都合よく傷などあるはずもないのだが――。


「これ?」


 前の席に座る陸斗が進介の左肘の上辺りを指差した。見ると、既にかさぶたも癒

えた小さな古傷の跡がそこにはあった。


「……うん。これ」


 進介は堂々と嘘を吐いた。気が弱く、普段は嘘を吐くことさえ怖くてできない

彼だったが、この時ばかりは藁をもすがる思いで必死に嘘を吐いた。そして、アシ

ストをしてくれた陸斗に心から感謝をした。


(ありがとう、陸斗)


 しかし、智子はそれを認めなかった。


「見せてみろ。これか? どう見てもさっきできた傷じゃないだろ」


 進介に近付き、追撃を加える智子。


 反論などできようはずはない。なぜなら、それは進介自身でも分かるほどの低レ

ベルな嘘だったのだから。


「どこだ? どこ怪我した?」

「えーと……」


 誰の目からも、もはや進介はお手上げ状態であった。と同時に、生徒たちは智子

がなぜここまで追い詰めるのかが分からなかった。


「ともちゃん先生、もうその辺でよくないですか……」


 泣き出しそうな進介に同情したのか、真美が助け舟を出す。


「なにがだ? 本人が言ったことが事実かどうか確認してるだけだろ? 高平、答

えろ。どこを怪我したんだ?」

「……してません」

「ん? してないの? なんで?」


 教室に微妙な空気が流れる。


 もしも智子が大人のままであれば、生徒たちは先生に任せていればいいと思った

だろう。しかし今の智子は精神年齢が6才の子供だ。もしかしたら教育者としてで

はなく、6才児として質問をしているだけなのかもしれない。生徒たちは皆、智子

の真意が掴めなかった。


「ともちゃん先生、どうして高平くんにだけ具体的な説明を求めるんですか?」

「?」


 智子は不思議そうな顔で真美を見た。


「あの……今の私の質問てそんなに分かりにくかったです?」

「だって、高平以外は質問することなんてなかっただろ?」

「北山くんも来る途中にこけたって言ってましたけど」

「こけただけだもん。そんなの確認のしようがないだろ。録画してたわけじゃない

んだし」

「まあ、確かにそうですね」

「そうだろ? 忘れ物を取りに帰ったのも、星占いの結果が悪かったのも、そうだ

ろ? でも、ついさっき怪我をしたのならそれは今ここで確認できるだろ。だから

見せろって言ったんだ。おかしいか?」

「別におかしくはありません」

「だよなあ。で、怪我はどこだ?」


 智子はもう一度、進介の腕を覗き込む。


「……してません」

「ああそうか。してないって訂正したんだな。すまんすまん。じゃあ、改めて今朝

あったことを発表しろ」

「……今日の朝は、特になにもありませんでした」

「なにもないってことはないだろ。なんかあったことにしろ。ほれ」


 智子は再び進介に発言を促す。


 進介の顔は、病気にかかったのかと心配になるほど青くなっている。


「……今日の朝、学校に来てから教室にランドセルを置き、チャイムが鳴るまで校

庭で中井くんや国木田くんとボール当てをして遊びました」


 進介は今朝の出来事を脚色することなく正直に話した。


「ふーん、そうか。まあ、これで全員だな。じゃあ、席に着いてくれ。明日の朝は

2班だぞー。準備しておけよー」



 前に出ていた1班の生徒たちが自分の席に着く。 


 進介は椅子を引きながら、どうして自分は「人前で発表をする場合は面白くて変

わった話をしなければならない」と勝手に思い込んでいたのだろうと不思議に思っ

ていた。


(そのことを分からせるために、ともちゃん先生はぼくにだけ違った対応をしたの

かなあ……)


 進介はそう解釈したが、もちろん智子にそんな考えはなく、ただそこで思ったこ

とを思ったまま口に出していただけなのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ