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24 ごはんに牛乳を!?

「ともちゃん先生ってさー、ごはんに牛乳入れて食べる?」


 給食の時間、教室の隅にある自分の席で1年生と同じ量のごはんとおかずを食べ

ていた智子にそんな質問をしたのは健太と昌巳だっだ。


 でぶの2人は食べるのが早く、クラス上位の早さで給食を終えると、いつも掃除

までの時間を持て余していた。 


「入れるわけないだろ。誰がそんな気持ちの悪い食い方なんかするんだよ。こっち

はまだ食事中なんだ。お前らちょっとは気を遣って黙ってろよ」

「はーい」


 智子の辛辣な意見に真美や朝陽など一部の生徒は苦笑していたが、当事者の2人

に気にする素振りはなく、鼻唄を歌っている。

  

「そういえば、1年の時の担任の先生がごはんに牛乳を入れて食べてたよね」

「なんだと!?」


 美月の発言に、智子は食べている物を吹き出さんばかりに驚いた。

 

「そうそう。俺たち、そのことを思い出したから2人で話してたんだよ」

「1年1組の渡部先生な」


 健太と昌巳は得意気に言った。



 渡部法子は教職生活の最後の6年間を滝小学校で過ごし、2年前に定年退職する

まで、智子にとっての良き相談相手になってくれていた人物だ。


 彼女は以前、水泳の授業中に自分のことを「ばばあ」と言った男子生徒をプール

の中に放り投げたという武勇伝があり、智子にとっては最も尊敬する先輩の1人で

あった。その渡部がごはんに牛乳を……。智子にとっては受け入れがたい話であっ

た。


「あの渡部先生が牛乳ごはんを? お前らの話じゃないのかよ……」


 智子はショックのあまり、箸を持つ手が震えている。


 智子のあまりのショックの受けぶりに生徒たちは動揺した。もちろん、智子が渡

部を尊敬していることを知る生徒などいない。


「ごはんに牛乳かー。もしかしたら旨いのかもなあ」

「旨いわけないだろう! このバカモンがー!!」


 健太の何気ない一言に智子は激怒した。

 突然の発狂に生徒たちは一斉に智子のことを見た。智子は泣きそうな顔で歯を食

いしばっている。


 静まり返る教室。誰かと誰かが喧嘩をしたあとのような気まずい空気が流れてい

る。



 無言のまま給食の時間が終わると誰もが思ったその時、口を開いたのは愛梨だっ

た。


「でも、リゾットってごはんにチーズを混ぜてるよね」


 この一言にクラス全員の視線が愛梨に集中した。もちろん智子もその1人だ。


「それってどこの料理?」

「確か、スペインかイタリアだったような……」

「食べたことある?」

「私はまだない。でもネットで見たけど、美味しそうだったよ。ともちゃん先生は

リゾット食べたことないですか?」

「ある……」

「美味しかったですか?」

「美味しかった……」

「ほら!」

「でも、リゾットはチーズだもん。渡部先生のは牛乳だから違うもん……」


 女子生徒がリゾットの話で盛り上がったが、残念ながら智子の気持ちは上がって

はこなかった。


「でもね、ともちゃん先生、チーズも乳製品だよ? 牛乳からできてるんだよ?」

「そうだけど……。でも、牛乳ではないし」

「確かに牛乳ではないけど、でもチーズもそんなには変わらないと思うけどなあ」

「チーズは固形だから……牛乳は液体だから……。だからごはん入れるとべちゃべ

ちゃになって気持ち悪いもん」

「うーん、そうかあ……」


 智子の謎のこだわりに愛梨は言葉に詰まってしまった。


 そこで話を引き継いだのは美月だった。


「でも、お茶漬けはごはんをお茶でべちゃべちゃにするよね」


 首肯する生徒たち。更に優花が続く。


「お味噌汁にもごはん入れると美味しいよ」

「ごはんに味噌汁って、ねこまんまじゃん!」

「ねこまんまだけど美味しいでしょ?」


 茶々を入れる男子に優花は反論をした。それを境に、教室内に少しずつ賑わいが

戻ってくる。

 しかし、そんないい感じになった教室の雰囲気を再び智子が邪魔をする。


「牛乳って甘いからなあ。ごはんには合わないと思うなあ……。お味噌汁もお茶漬

けも、別に甘くはないもん」 


 どうしても気持ちが上がってこない智子。そんな智子に、今度は真美が励ますよ

うに言った。


「甘いおかずなんていくらでもありますよ。酢豚だってハンバーグだって甘いです

し、カレーにだって甘口はあります」

「そうだけど……。でも全部、牛乳ほどは甘くないと思う」

「うーん……。酢豚って結構甘いと思うけどなあ」


 真美は学級委員長である。智子からもクラスメイトたちからも信任は厚く、まと

め役としては最適の人物である。その真美が出てきても、智子を納得させることは

できなかった。それにより教室内には諦めの空気が流れ始めた、その時――。



「おはぎ」 



 教室の隅から声がした。



「おはぎ」



 クラスメイトでさえ聞き慣れないその声の主、それは塚本優太だった。



「おはぎ」



 普段は無口で仲のいい数人の男子としか会話をしない優太の起死回生の一言によ

り、教室内には再び活気が戻ってきた。


「おはぎってごはんにあんこを混ぜたやつだよな! 甘いごはんだよ!」

「しかも美味しい! ごはんって甘くても美味しいんだよ!」

「ごはんはお茶漬けみたいにべちゃべちゃにしても美味しいし、おはぎみたいに甘

くしても美味しい。ということは牛乳をかけて甘くてべちゃべちゃにしても――」


 生徒たちは揃って智子の方を見た。すると、智子は――。


「ごはんに牛乳をかけても美味しいのかも……」


 智子のこの一言に、6年1組が沸いた。4月8日に始動したこのクラスにとって

過去一番の盛り上がりであった。


「そうだよ! ごはんに牛乳、ありなんだよ!」

「そういう食べ物だと思えばいいだけじゃん!」

「おかゆだ! そんなもん、ただのおかゆだ!」


 生徒たちはお互いを鼓舞するかのように、威勢のいい発言を連発した。



「ならばやるか、牛乳ごはん……」


 智子が発した言葉に、沸きに沸いた教室が驚くほど一瞬にして静まり返った。智

子は既に牛乳瓶を手にしており、今にもそれをごはんにかけそうな勢いだ。生徒た

ちの間に緊張が走る。ついさっきまで盛り上がっていたものの、本当に牛乳ごはん

が正しい食べ物であるかなんて誰にも確信はなかった。


「私がやります!」


 張り詰めた空気を切り裂いたのは真美の声だった。 


「まずは私がやりますので、ともちゃん先生は見ていてください」

「いいのか……?」

「はい。ともちゃん先生がやって、もしも美味しくなかった場合、多分泣いちゃう

と思うんです。だから、まずは私が毒見します」

「私、そんなことで泣く?」

「泣きます。今まで結構泣いてます」


 そんな自覚のなかった智子は茫然とした。自分は今まで生徒たちの前で結構泣い

ていたのか……と思った。


 なんかもやもやする智子を横目に、真美はごはんの入った器になみなみと牛乳を

注いだ。


 牛乳瓶を置いた真美は初めて見る牛乳ごはんに多少の抵抗を感じながらもスプー

ンですくい、一口食べてみた。


 皆の注目が集まる中、真美は数回の咀嚼後それを飲み込んだ。

 

「どうだ?」


 しばらくの沈黙の後、真美は答えた。


「……まあ、食べられなくはないですけど、無理にこれを食べる必要性は感じませ

ん」


 

 6年1組の教室はそのままお通夜のような雰囲気で掃除の時間に突入した。


 生徒たちは各自持ち場につき、黙々と手を動かした。


 真美が繰り返し、「これでいいんだ。これでいいんだ」と心の中で呟いていたこ

とは誰にも知る由はなかった。

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