表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

215/217

215 修学旅行がUSJ

 今年の修学旅行は12月上旬に行われる。


 智子が6年生だった37年前は9月中旬だったが、もしも今その時期に旅行した

ら暑くて楽しめないだろう。



「諸君、既に聞いていると思うが今年も修学旅行の行き先は『伊勢志摩』だ。その

ことについて、みんなはどう思う?」


 智子の質問に生徒たちは困惑した様子を見せる。


「どう思うって言われても……」


 代表して真美が正直に胸の内を告白する。


「市川は伊勢には行きたい?」

「行きたいです」

「修学旅行とかみんなで行くとかじゃなく、1人でも行きたい?」

「1人でなら別の場所に行くと思います」

「だろ? つまり伊勢には興味がないってことだろ?」

「まあ……」


 智子はやや強引に、真美に否定的な意見を言わせた。 


「ともちゃん先生の時はどこに行ったんですか?」

「私が6年生だった時も伊勢だったぞ。おそらくその頃は神戸の小学校はみんな伊

勢に行ってたと思う」

「それって今もそうなんですか?」


 諒の疑問にすぐさま智子は答えを出す。


「最近は学校によって違うぞ。奈良だったり広島だったり。この辺りだと茶屋小学

校が奈良に行くらしいが、驚いたのは隣の上坂小学校だ。どこだと思う?」

「京都? 外国人観光客で大変らしいけど」

「東京とか? ちょっと遠いか」

「俺なら沖縄がいいな」

「私はハワイ!」

「ハワイは私立じゃなきゃ無理だろ」


 生徒たちは途中からは予想ではなく自分の行きたい場所を言い始めた。


「まあどれも修学旅行の定番ではあるな。だが全部不正解だ。答えを聞いて驚くな

よ。今年の上坂小学校の修学旅行の行き先はなんと『大阪』だ」


 大阪と聞いた瞬間、生徒たちから驚きの声が上がった。


「驚いただろ? 大阪なんて電車で1時間だからな。近すぎるよな」

「なんで大阪?」

「京都や奈良でも近いのに大阪?」

「せっかくなんだからもうちょっと遠くがいいな」


 生徒たちは口々に上坂小の生徒たちへの同情を漏らす。

 しかしその流れは智子の次の言葉によって一変する。


「確かにお前たちの言うことはもっともだ。でも、行き先が『USJ』だとしたらど

うする?」

「「!?」」


 生徒たちは驚愕した。

 手元のプリントには「規律や公衆道徳を学ぶこと」が修学旅行の目的であると書

いてあるではないか。

 USJで規律や公衆道徳が学べるとでもいうのか!?


「学ぼうと思えば学べるだろ」


 智子は素っ気なく言った。


「でも、USJってほとんど裸みたいな格好のコスプレイヤーが平気な顔して歩いて

るんですよ!?」

「ああいう人にはなっちゃ駄目ですよって学べるだろ?」

「下着姿で歩いてるんですよ!?」

「そんな格好で人前に出ちゃ駄目ですよって学べるだろ?」

「顔と足の長さは加工してるから実際とは違うけど胸とか太腿の露出は本当にやっ

てるんですよ!?」

「お前ら男子は普段ネットでどんな情報を仕入れてるんだよ」


 智子は、親の目を盗んで様々なエロ画像を収集している男子につっこんだ。


「ネットやってたら自然と飛び込んでくるから……」

「自然とにしては詳し過ぎだろうが」


 恥ずかしそうにする昌巳に智子は呆れてしまう。

 

 

「どうして滝小はずっと伊勢なんですか? どうして変えないんですか?」


 抗議の声を上げたのは雫だ。


「私は上坂小学校の話を聞いて、うちもそうしましょうって提案したんだがな。そ

の意見は通らなかったよ」

「なんでですか! なんでもっと言ってくれなかったんですか!」

「そんなこと言われても……」


 普段はわがままを言って生徒たちを困らせることの多い智子が今日は逆の立場に

なっていた。


「私1人の意見だけじゃどうにもならないし……」

「なんで他の先生は毎年毎年お寺とか神社に私たちを行かせようとするんですか!

つまんないです!」

「そんな毎年行ってる?」

「行ってます!」

「どこに?」 

「去年は奈良の大仏で一昨年は姫路城でした!」

「姫路城は神社仏閣ではないだろ」

「同じようなもんです!」


 小学生にとって寺も神社も城も全部同じようなものである。


「まあ、確かになあ……」


 そのことは智子も認めざるを得なかった。


「今からでも行き先をUSJに変更しろ!」

「そんな無茶が通るわけないだろ……」

「USJだ!」

「USJ!」


 生徒たちは一気にヒートアップする。


「USJ!」

「USJ!」

「USJ!」

「USJ!」


 勉強のできる者からできない者まで、みんなで声を合わせてコールする。


「USJ!」

「USJ!」

「私はUSJを推したって言ってるだろ!」

「USJ!」

「USJ!」

「うるさーい!」

「USJ!」

「教頭が納得しなかったんだよ! 文句があるならあのお爺ちゃんに言え!」

「USJ!」

「うるさいんだよー!」

「USJ!」

「黙れったら黙れー!

「USJ!」

「USJ!」

「USJ!」



 智子はアルミ製の踏み台の上で地団太を踏んだ。


 生徒たちによるUSJコールが不快だったから。


 自分はUSJを推したことが評価されず悔しかったから。


 気が付くと智子の目からは一筋の涙がこぼれ落ちていた。


 しかし智子の悔し涙が頬を伝っても、生徒たちのUSJコールがやむことはないの

であった……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ