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21 智子の怒り

 保健室を出て教室に向かう智子は必死で自分の中の怒りを抑えつけていた。


 

 それを聞いたのは、職員室で次の授業の準備をしている時だった。保健室から来

た太一が「桐谷くんが治療を受けている」と言うのだ。


「治療? 怪我でもしたのか?」

「はい。運動場で……」


 太一の不安気な表情からは只事ではない雰囲気が伝わってくる。


「なにがあった?」


 智子は椅子から降りながら聞いた。


「新山くんに殴られました」

「なに?」


 太一の言葉に、職員室にいた全員の視線が集まる。


「新山と桐谷が喧嘩をして、桐谷が怪我をしたんだな?」

「はい」

「分かった。とりあえず保健室に行こう」


 智子は小走りで保健室へと向かった。




 昼休みの終わりを告げるチャイムから10分が経過しても、智子はまだ保健室に

いた。


 6年1組の教室では諒以外の生徒が着席し、智子が来るのを待っている。


「ともちゃん先生、遅いね。どうしたんだろ。呼びに行った方がいいのかなあ」


 真美が周囲の生徒に相談をする。


「いや、もうちょっと待って……」


 朝陽は呟くように言った。


 彼は目の前で拓海の暴力を目撃した生徒の一人であるが、そのことをクラスメイ

トに言いふらすことはなかった。面白い話ならばそうしただろうが、今回はそうい

う類のものではないと彼自身が判断していた。 

 彼にとって、流血を伴う事件に立ち会ったのは人生で初めての経験であったため

気が沈んでしまい、教室に帰ってからも静かに席に着いていた。 


 

 さらに数分が経過した頃、智子が教室に入ってきた。


 智子の気が立っていることは、扉を開けた瞬間にクラスの全員が理解した。

 それほどまでに荒々しい扉の開け方だったのだ。


「新山、立て」


 智子に命令され、拓海は立ち上がった。


「桐谷となにがあったか言え」 

「……桐谷くんに押されたので、仕返しをしました」

「仕返しってなんだ。はっきり言え」

「……顔を殴りました」

「桐谷の顔面を拳で殴ったんだな?」

「はい」


 初めてそれを聞いた生徒たちは息を飲み、拓海の顔を見た。

 事件の直後は笑っていた拓海も、さすがにここでは真面目な表情である。


「桐谷に押されたって言ったな? 何があったんだ」

「え?」

「いきなり押してきたりはしないだろう。その前に2人でなにか揉めてたんじゃな

いのか?」

「なんか、言われて……」

「なんかってなんだ」

「……」

「土橋、桐谷が殴られる前のことを話してくれ」


 拓海が黙り込んだため、智子は太一を指名した。


「最初、ぼくと桐谷くんと塚本くんと高平くんの4人でバスケをしていました。そ

こに突然新山くんが現れて、ぼくたちのボールを奪ってシュートをしました。新山

くんはすぐに笑いながら立ち去ったんですが、桐谷くんは怒って追いかけて行って

新山くんに注意をしました。ぼくたちは離れた場所にいたのでその内容は分かりま

せん。その後、桐谷くんが新山くんを押して、その仕返しに新山くんが桐谷くんを

殴って怪我をさせました」

「新山、今の話で間違いないか」

「……はい」


 役目を終えた太一が着席する。


「先に手を出したのは桐谷の方かもしれない。でも、そもそものきっかけは新山が

4人のバスケを邪魔したことだな?」

「……はい」

「それに、桐谷はお前に怪我をさせてないよな? でも、お前は相手を拳で殴って

出血させた。そうだな?」

「はい」

「私はできれば喧嘩なんてしてほしくない。でもな、揉め事っていうのは起こるん

だよ。それが口喧嘩だったり、ちょっとした擦り傷程度だったら、あとで話し合っ

て解決できる。でも、今回は違うんだ。お前は無傷、桐谷はこれから母親と病院へ

行く。お前はやりすぎたんだよ」

「……」

「拳って硬いよな。歯も硬いだろ。硬いものと硬いものに挟まれたら、間にある柔

らかい頬が切れるのは当たり前だろ? 6年生にもなって、そんなことも分からな

いのか?」

「……」


 

 生徒たちは神妙な面持ちで智子の話を聞いていた。


 拓海に対する智子の説教は続く。

 

 そんな中、何故かほっとした表情を見せる男子がいた。

 高平進介だ。 

 

 諒とバスケをしていたメンバーの一人である彼が安堵している理由、それは智子

の話の中にあった。


 智子は拓海にこう言った。


「硬いものと硬いものに挟まれたら、間にある柔らかい頬が切れるのは当たり前だ

ろ?」


 ブランコの前で諒が血を吐いているのを見た時、進介はてっきりそれが内臓から

の出血だと思い込んでいた。常識的に考えればそんな訳はないのだが、11才の彼

は本気でそう思い、諒のことを心配していたのだ。

 だから智子が頬の内側が切れたと言った時、進介は心から安堵した。


(じゃあ、もう心配する必要ないじゃん。大したことないじゃん)


 智子が厳しい表情で拓海に説教を続ける中、クラスメイトたちが神妙な面持ちで

智子の話を聞く中、進介は一人だけ楽しげな気分でいた。


(口の中を切っただけなら明日も休まず登校してくるだろうな。殴られた時の話は

聞けるのかな――)


 智子が諒の「心の傷」についての話を始めた。


 進介はその話も適当に聞き流している。聞く必要すらないと考えている。



 智子や拓海、クラスメイトたちの気持ちとは関係なく、進介のうきうきは止まら

ないのだった。

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