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207 ドM

「ん? そことそこって誰の席だ?」


 昼休みが終わり5時間目の授業を始めようとした智子は空席が2つあることに気

が付いた。


「こっちが進介であっちが颯介です」


 朝陽は2つの席を指差しながら言った。


「あいつらか……。真面目な2人だからどこかでまだ遊んでるってことはなさそう

だし、ちょっと待つか」 


  

 智子が他の生徒たちに教科書を読んで待つように指示を出してから数分後、2人

が教室に戻ってきた。


「どうした? トラブル発生か?」

「すいません。3組の原口新太っていうやつがぜんそくで保健室に運ばれたのを手

伝ってました」

「ぜんそく起こして倒れたの? それは大変だったな。もしかしたら持病かもな」

「はい。ぼく、新太と去年は同じクラスだったんですけど、その時も1回ぜんそく

で保健室に運ばれるのを手伝ったことがありました」

「あらあら。それは大変だ。ご苦労だったな。席に着いていいぞ」


 遅刻の理由を説明した2人はそれぞれの席に着いた。


「ぜんそくって運動とか気温の変化とかで起きちゃうんだよな。でも薬もあるし、

なんとかなるだろ」

「新太の場合は多分ストレスが大きいと思います」


 進介は断言した。


「なに? 高平がはっきりとものを言うのなんて珍しいな。聞いてやるからその根

拠を示せ」

「さっきぜんそくを起こす直前、新太と3組の男子4人くらいが高井先生に怒られ

てたんです。高井先生って怒鳴るんですけど、新太のぜんそくってそれのせいだと

思うんです」

「ということは5年の時のぜんそくもそうだったってこと?」

「そうです。赤瀬先生です」

「赤瀬先生か……」


 進介の口からその名前が出た場合、必ず赤瀬は怒っている。


「赤瀬先生って図工の授業での忘れ物に特別厳しかったんですけど、去年の12月

の授業でぼくと新太もなにかの道具を忘れちゃってたんです」


 忘れ物に厳しい赤瀬であったが、図工のような自分以外の教師がクラスを受け持

つ授業での忘れ物は特に厳しく指導をしていた。


「いつものように図工室へは行かせてもらえずに教室に残されてこってりと怒鳴ら

れたんですけど、隣で立たされていた新太が急に『ひゅーひゅー』言い出したんで

す」

「ぜんそく発症してんじゃん」

「ですよね。保健室に行った方がいいんじゃないかなあってぼくは思ったんですけ

ど、赤瀬先生が怒鳴ってる最中だし、その判断は赤瀬先生がやることだし、ぼくは

黙ってたんです。そしたら『原口はしんどそうだから座れ』って言ったんです」

「症状が軽いからまだ保健室に行くまでもないっていう判断だろうな」


 智子は赤瀬をフォローするように言った。


「ぼくもその時はそうなんだろうなあと思ったんですけど、驚いたのは新太がその

場に座ったことです」

「その場?」

「はい。今立ってた床に正座したんです」

「え! 床に正座したの!?」 

「はい。半ズボンで『ひゅーひゅー』言いながら床に正座です」


 進介は当時を思い出しながら話している。

 決して嘘は吐いていない。


「それ、大丈夫なの?」

「赤瀬先生が座れって言った瞬間、絶対に自分の席に戻って椅子に座るとぼくは思

いました」

「普通はそう思うだろ」

「でも新太は違ったんです。なんの迷いもなくその場にすっと正座したんです」

「すっと正座したのかよ……」

「なんの躊躇もなく、すっと正座しました」


 進介は「すっと正座した」という表現が気に入っていた。


「それを見て赤瀬先生はなんて言ったんだ? さすがに『椅子に座りなさい』って

指示を出したんだろ?」

「そのまま20分説教が続きました」

「え!?」


 智子だけでなく、クラスメイトたちからも悲鳴のような声が上がった。

 ぜんそくを発症し「ひゅーひゅー」言いながら床に正座をして20分もの間説教

される姿を想像すると、まるで拷問を受けているようにしか思えなかった。


「なんでその原口っていうやつは正座を選択したんだろうな。椅子に座ったからと

いってそれでさらに怒られるとは思えないんだけど……」

「ネットで調べたんですけど、新太みたいな人間のことを世間では『ドM』って言う

らしいです」

「いや、それは違うだろ」


 智子は真顔で訂正した。



 新太が正座をした理由、それは本人にしか分からないことだが、おそらく赤瀬の

指導が厳し過ぎたからであろうと智子は分析した。


「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」と言うように、何事も適切な範囲というもの

があるものだがそれは教育にしても同じことだと智子は思っている。


 赤瀬の指導は病人に正座をさせるほど苛烈なものであったという事実に、智子は

残念だという気持ちが拭えないのであった。

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