202 秘密道具
海の近くに広場がある。
そこは滝小学校草野球組にとっては格好の野球場となっていた。
広場は東西に細長く男子たちはレフト側を広くして利用していた。
「あっ、海に落ちる!」
陸斗の打球は1塁側に飛び、2メートルほどの高さのフェンスを越えた。
その先には幅が5メートルほどの小さな河口があり、コンクリートで覆われてい
た。
大雨や満潮以外の日の水深は15センチほどしかなく、小魚がちょろちょろと泳
いでいるくらいである。
たまにではあるがファールボールがそこに飛び込んでしまうことがあった。
「俺が行く!」
ファールを打った陸斗ではなく駿がすぐさま靴下を脱ぎ、およそ2メートル下に
飛び降りた。
底は砂地になっており滑る心配はない。
「投げるぞー!」
駿は水に濡れた軟式ボールを仲間たちに放り投げた。
放物線をえがいたボールはフェンスを越えグラウンド上を転々とする。
「ありがとう!」
「駿、ナイス!」
身軽な駿は笑顔で河口から脱出した。
ファールボールが海に落ちた時、必ずしも打った人間ではなく別の者が率先して
取りに行くことがあった。
なぜ彼らはわざわざ足を濡らしてまで海水の混じったその水に飛び込むのか。
それは親切心からではない。
その行為自体に人気があったのだ。
「危険なので子供たちだけでは海には入ってはならない」
それは校則にも書いてあり、生徒たちはそれを真面目に守っていた。
本当は海に入って遊びたい……そんな不満を解消してくれるのがこの「ボール拾
い」であった。
だからボールが海に落ちると野手も走者もみんな持ち場を離れて集合し、草野球
とは別の遊びが始まる。
野球をしながら同時に水遊びもできる――海辺の広場は二刀流なのである。
しかし秋になるとそんな楽しみが一変する。
「ボールどうなった? 落ちた?」
「あーあ、落ちちゃった。誰が行く?」
「水、冷たいしなあ……」
温かい時季は誰かが必ず下りていた水場に、行きたがる者がいなくなったのだ。
足が濡れるし、それを拭くタオルも持ってきていないし、本格的な冬が訪れる前
にしもやけになんてなりたくないし……少年たちは誰もが思っていた。
このまま少年たちの野球熱は冷めてしまうのか……。
そんな状況を変えたのは蓮の持ってきた秘密道具であった。
蓮は野球好きではあるが少年野球チームには入らず、草野球にだけ参加をしてい
たのだが、それもあまり熱心というわけではなかった。
この日も遅れてやってきた蓮だったのだが、その手にはなぜか虫捕り網を抱えら
れていた。
いつものようにファールボールがフェンスを越えて海に落ち、全員がちっちゃな
河口に集合したのだが、そこで蓮が口を開いた。
「この網ですくうから」
そう言うと蓮は網を水に下ろした。
「ちょっと届かない!」
ぷかぷか浮かぶゴムのボールとぎりぎり届かない虫捕り網。
蓮以外の全員が笑顔で行方を見守る。
「波を使って引き寄せろ!」
蓮は朝陽の助言を元に網をばしゃばしゃさせて人工の波を作った。
するとそれに乗って軟式球が揺れ始めた。
「もうちょっとだ!」
「いける! いけるぞ!」
注目を集める中、ボールは見事に網に納まり地上へと引き上げられた。
「すげえ!」
「本当に網ですくえた!」
ボールが完全に蓮の思い通りになったことが面白く、この日集まった12名は声
を合わせて笑った。
「これからは何球でもファール打っていいからな。これで余裕で取れるから」
「次も頼むぞ!」
「これでファール打ち放題だな!」
寒くなると野球ができなくなる。
でも、その季節が来るぎりぎりまで大好きな野球を続けたい。
そんな少年たちは今日も暗くなるまで白球を追いかけるのであった。




