201 ムーンのポリシー
4、5、6年生が講堂に集められパイプ椅子に座らされている。
講師を招いての授業、「スマホ安全教室」が行われているのだ。
「インターネット上でのトラブル」
「スマホ依存症」
「自分の個人情報を守る」
以上の3点を中心に話は進められる。
携帯電話会社から派遣されてきた講師の話を聞き終えた生徒たちはそれぞれのク
ラスへ戻り、担任の教師と改めて考えることになる。
「えー、さっき講堂で見たDVDの内容が全てだから」
智子は今日も適当である。
「講師の方は携帯会社の人だからな。プロフェッショナルだ。あの人の言うことを
ちゃんと守るようにな。それじゃあ、この辺で――」
「ちょっと待ってください。ともちゃん先生」
話を切り上げようとした智子に真美は待ったをかける。
「なんだよ。なんか言いたいことでもある?」
「いえ、そうじゃなくて、プリントが配られてるんですけど」
生徒たちには「スマホ安全教室について」という1枚の紙が配られていた。
「なんて書いてある?」
「『ゲーム等の課金(高額請求)について考えてみよう』って書いてあります」
「さっきの人、そんなこと言ってた?」
「言ってなかったからここで改めてやるんじゃないですか?」
「そうなの? じゃあ、考えてみたらいいんじゃない?」
「そんな……」
真美はあからさまにやる気のない智子の態度に呆れた。
「ともちゃん先生、もうちょっとやる気を出してみませんか?」
「だって課金について考えようって言われてもさあ、こんなの家庭でやることなん
じゃないの? スマホ持ってない生徒もいるし、持ってても加入条件とか料金プラ
ンとかそれぞれだろ? だったらもう、それに応じて親がお前らに教育するしかな
いじゃん」
「まあ、そうですけど……」
真美は智子のことを基本的にはいい先生だと思っている。
常識にとらわれず臨機応変に対応してくれるというのがその1番の理由であるが
今のような場合には逆に「学校の言う通りに指導してくれればいいのになあ」と思
う。
「プリントに書いてありますし、ともちゃん先生の考えも聞かせてください」
「そう? プリントにはなんて書いてあるの……『その高額請求を払うのは誰?』
だってさ。よし、じゃあ相内。もしも相内がゲームに百万円課金したとして、その
料金を払うのは誰だ?」
「俺、スマホ持ってないです」
瑛太はスマホを持っていなかった。
「よし、座れ。じゃあ神田。もしも神田がゲームに百万円課金したとして、その料
金を払うのは誰だ?」
「私、ゲームに課金したことないです」
瑞穂はスマホゲームに興味がなかった。
「もー! こうなるでしょ!」
「もっと他の人に聞いたらどうですか?」
真美は智子に提案した。
「一緒! 誰に聞いても事情は違うから結局一緒! というか、もしもって言って
るんだからなんか答えてよ!」
「相内くんはスマホ持ってないから答えにくくないですか?」
「まあ、そうだな。相内はいいよ。でも神田はなんか答えられるだろ」
スマホを持っていない瑛太には理解を示す智子であったが、持っているのに答を
拒否した瑞穂のことは許さなかった。
「だって私、スマホゲームは本当になにもしませんから。ゲームの課金の仕組みと
かもよく分かってないですし」
「仕組みが分からなくても答えはできるだろ? それと課金はゲームだけじゃない
んだからな。『投げ銭』とかいうのもあるんだろ?」
智子の口から出た「投げ銭」という言葉に瑞穂の表情が変わった。
智子は一瞬のそれを見逃さなかった。
「神田、投げ銭してるの?」
「別にいいじゃないですか」
「親が許してるならいいけど、いくらぐらい? お小遣いの範囲内だろうな」
「当たり前じゃないですか。それで破産したら先生が許しませんよ」
「許すも許さないも、私は今初めて知ったんだけどな」
「この場合の先生は『ともちゃん先生』じゃありません! 『たつきょん先生』で
す!」
瑞穂は予言漫画家「たつきょん」のディープ信者である。
「えっ……神田ってたつきょんに投げ銭してるの?」
「別にいいじゃないですか!」
「いいのかなあ……」
瑞穂がたつきょんに投げ銭をしているという事実には智子だけでなくクラスメイ
ト全員がどん引きだ。
「漫画家なんだから漫画買って、あとはサイン会に行ったりグッズ買ってあげれば
いいんじゃないの? なんだよ投げ銭て」
「たつきょん先生は大手の出版社と契約してないから、そのぶん私たちが支えなけ
ればならないんです! ムーンのポリシーなんです!」
智子は混乱した。
瑞穂が「ムーンのポリシー」とか言い出した。
「頼むからこっちに帰って来てくれよ……」
「私はずっとこっちにいますから! 勝手に排除しないでください!」
智子にはもうお手上げであった。
唯一の救いは、たつきょんへの投げ銭がお小遣いの範囲内で行われているという
ことだった。
それがムーンのポリシーか……智子は心の中で呟くのであった。




