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200 好きな人がいないのは心の病気だ

 智子は6年の全生徒の名前を覚えてはいない。


 さすがに他のクラスの生徒でも顔はなんとなくは見覚えがあるが、名前は覚えよ

うともしなかった。


 自分のクラス以外の生徒の名前なんて、覚えてなくても業務に支障はないし。



 掃除の時間が終わり昼休みになった直後の廊下で大きな声でなにかを叫ぶ坊主頭

の男子がいる。 


「俺は雪野さんのことが好きだ!」


 坊主頭はそう言うと決まって次の言葉を続ける。


「好きな人がいないやつは心の病気だ!」


 智子に見つめられながら叫び続ける坊主頭の名前は畑山健斗、2組にいる背の高

い男子である。

 

「俺は雪野さんのことが好きだ!」


 繰り返し公開告白を受けているのは雪野姫奈、同じく2組の女子である。



「あいつ、なんなの?」


 大騒ぎする健斗を廊下の離れた場所から眺めていた智子は、側にいた楓花に聞い

た。


「畑山くんは何年も前から姫奈ちゃんのことが好きで、ずっとああやって言いふら

してるんです」

「そうなの? 迷惑なやつだな」



「俺は雪野さんのことが好きだ!」



「また言ってるぞ? なんなんだよ。それで、雪野っていう女子はどう思ってるん

だ?」

「姫奈ちゃんは畑山くんのことは好きじゃないです」

「だろうな」


 智子は納得という顔をする。


「でも、自分のことを好きって言われたら悪い気はしないと思います」

「そうかもしれないけど、限度ってもんがあるだろ」



「俺は雪野さんのことが好きだ!」



「また言ってるぞ。なんかあいつすげえな」


 智子はちょっと健斗のことが面白くなってきた。


「あいつ、6年になってからも言ってた? 気が付かなかったんだけど」

「言ってましたよ。ただ、ずっとなわけではないんです。たまに言うんです」

「たまにか」

「思い出したように言い出すんです」

「ふーん。バイオリズムかね」

「分かんないです」


 楓花は「バイオリズム」がよく分からなかった。



「俺は雪野さんのことが好きだ!」


「好きな人がいないやつは心の病気だ!」



 健斗は再び愛を叫んだ。

 

 智子は健斗が叫ぶ直前に必ず他の男子となにか話をしていることに気が付いた。


「あいつ、雪野のことが好きだっていう前に必ず男子と話をしてるよな?」

「そういえばそうですね」

「ほら、今度は塚本と話してる。ということは――」



「俺は雪野さんのことが好きだ!」


「好きな人がいないやつは心の病気だ!」



「やっぱりだ! 発動条件があるんだよ!」


 健斗が姫奈に愛を叫ぶ発動条件は「他の男子に話しかける」であることを智子は

発見した。


「よし、どんな話をしたのか塚本から聞き出すぞ」


 さっそく智子は話を聞くために優太を呼び寄せた。


「なんですか、ともちゃん先生」

「いまさっきあの畑山っていうやつから話しかけられてただろ?」

「はい」

「どんな話してたんだよ。教えろよ」

「えーと、健斗から『優太って好きな人いるの?』って聞かれました」



「俺は雪野さんのことが好きだ!」



「それでなんて答えたんだよ」

「今はいないって答えました。そしたら――」



「好きな人がいないやつは心の病気だ!」



「って言われました」


 優太は健斗の方を見ながら智子に言った。


「なるほどな」


 智子は優太の言葉から健斗が言っていることの意味は理解した。


 しかし、その内容に同意はできなかった。



「好きな人がいないのって心の病気なんですか?」


 楓花も同じことを感じており、智子に質問をした。


「はっきり言って、それは違うな」


 智子は断言し、続ける。 


「人っていうのはそれぞれなんだよ。日本だけでも1億2千万人もいるんだから、

みんなが同じでそれ以外は病気だっていうのは乱暴な考え方だ。小学生だけとって

みても数百万人もいるんだし、中には人を好きになれない子がいたっておかしくは

ない。そんな子を病気扱いするのは人権侵害だ」


 智子は健斗の意見を一刀両断した。


 しかしそれは彼のことを否定したわけではない。


「畑山くんは間違ってますよね?」

「うーん……。間違ってるよ。間違ってるけど、今のあいつにとってあの行動はそ

れ自体が『青春』なんだよ」

「青春……」

「そう。好きな人の名前をみんなの前で大声で叫ぶ、畑山にとってはそれが青春、

もしかしたら今が畑山の青春の始まりなのかもしれない」



 青春だからといって他人を傷付ける言動が許されるわけではない。


 もしかしたら今も彼の発言で傷付いている生徒がいるのかも。


 しかし同時に健斗の青春を見守ってやりたいという気持ちも芽生えてしまってい

る、そんな智子なのであった。

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