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20 暴力事件発生

 暖かな午後だった。

 空は雲で覆われていたものの、雨が降りそうな気配はなかった。



 がらんとした校庭に最初に飛び出したのは、6年1組の桐谷諒、土橋太一、塚本

優太と高平進介だった。


 4人は校庭の隅にあるゴールを使い、クラスのボールでバスケットをしていた。


「パス! パス!」


 諒と太一、優太と進介の2チームに分かれているが、その中でも1番声を出して

いるのは諒だった。


「リバウンド! ナイス!」


 諒は滝小学校のすぐ目の前にある文具店「桐谷堂」の長男で、いかにも「文具店

の息子」といったような真面目な顔をしている。


「ナイシュー! 今のゴールで2対4な。次はそっちボールから」


 そう言って諒はボールを進介に渡した。


「ディフェンス! ディフェンス!」

 

 掃除を終えた児童たちが続々と校庭に集まってくる。

 遊ぶ場所や道具は早い者勝ちなので、諒たちは周りを気にすることなく4人バス

ケを楽しんでいた。


「優太!」


 進介がチームメイトの優太にワンバウンドのパスを出した。


 そのとき事件は起こった。進介が投げたボールを、突然後ろから現れた新山拓海

が奪い取り、ゴール下からシュートをしたのだ。


「イエーイ」


 シュートを決めた拓海は、おどけたような表情でガッツポーズをする。

 拓海は引き続きバスケに加わるのかと思いきや、そうはせずに他の男子たちのい

るブランコの方へと歩いて行った。


 進介は、そんな拓海を「しょうがないな」という表情で見送っている。

 太一と優太は面白くないという様子ながらも、それ以上の感情は湧いていないよ

うだ。

 しかし、諒はそうではなかった。

 

「なんだよあいつ!」


 そう言って諒は拓海の背中を睨みつけている。


「こっちが楽しく遊んでるのによ!」


 諒のあまりの怒りように、進介たち3人は戸惑った。楽しい遊びの腰を折られた

ものの、そこまで怒るほどのこととは思えなかったのだ。


「あいつ、いつも悪ふざけしてくるよね」


 太一は諒の怒りに共感する発言をした。それはあくまでも諒の怒りを鎮めたいが

ためのものだったのだが、諒の反応は太一の思ってもみないものだった。


「俺、あいつに言ってくる」


 そう言うや否や、諒はブランコの前でクラスメイトの男子たちと話をする拓海の

元へ歩いて行った。太一の共感が結果的に諒の背中を押すことになってしまった。


 進介ら3人はそんな諒の後を追わなかった。諒の怒りが理解できず、咄嗟に足が

動かなかったのだ。


 バスケットゴールからブランコまではおよそ20メートルほどの距離がある。辿

り着いた諒は拓海に何かを言っている。校庭で遊ぶ他の児童たちの声にかき消され

諒の声は進介たちには全く聞こえない。ただ、その様子から諒がかなりの興奮状態

にあることは分かった。

 すると、拓海が諒に背を向けた。「お前のことなんて相手にしない」といったふ

うだ。

 直後、その拓海の背中を諒が両手で突き飛ばした。

 勢いよく前につんのめった拓海だったが、なんとかこけずに踏ん張った。そして

振り返った拓海は諒に近付き、右の拳で諒の左の頬を思いきり殴り付けた。


 その場にうずくまる諒。

 そんな諒を見下ろす拓海。


 ブランコの前にいる男子たちは皆、身体が固まってしまって動けない。

 離れて見ていた進介ら3人は、倒れた諒の元に走って向かった。


「おい、大丈夫か!」


 駆けつけた3人が目にしたもの、それは運動場に飛び散る鮮血だった。

 口許を押さえた諒の指の間から、血が滴り落ちている。拓海に殴られた諒が血を

吐いているのだ。


「保健室に行こう」


 諒の肩を抱いた太一が言った。

 諒は前屈みの状態で立ち上がり、太一に支えられながらゆっくりと保健室へと向

かった。


 血を見て動揺した進介はどうしていいか分からずその場に立ちつくし、諒と太一

を見送った。


「俺、悪くないからな。あっちが先に手を出してきたから……」


 声に気付いた進介が見ると、何故か半笑いの拓海が同じ言い訳を繰り返し呟いて

いた。


「俺、悪くないからな。あっちが先に手を出してきたから……」


 進介も周りにいた男子たちも、誰も声を発しない。


 進介と目が合った拓海は、同意を求めるように言った。


「俺、悪くないよな? あっちが先に手を出してきたんだから」


 気が弱く、いつもは八方美人な進介だったが、この時ばかりは拓海の言い分に同

意することはなく、黙って目を背けた。さすがの進介も暴力を肯定することはでき

なかった。


 何を言っても必ず受け入れてくれるはずの進介にまで目を逸らされ、拓海の表情

が引き攣っていく。 

 


 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響く頃には、もう拓海の表情に笑みはなく

言い訳の言葉が口から洩れることもなくなっていた……。

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