表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

199/218

199 諦めろ

 最近、休み時間になると教室の至る所から「パチッパチッ」という音が聞こえて

くる。


 それは駒を指す音である。


 現在、6年男子の間で空前の将棋ブームが起こっているのだ。



 生徒たちは家から持参した小さな将棋盤を使って対局を楽しんでいる。


 智子が見た感じ、将棋の強い弱いは必ずしも学校の成績順ではないようだ。


 今のところ朝陽と進介がこのクラスでは1,2を争う強豪であるが、朝陽はとも

かく進介は決して成績上位者というわけではない。

  

 進介よりも蓮や颯介それに諒の方が常にテストの点数は上であるが、将棋に関し

ては逆転している。


 おそらくそれは関心度の問題であろうと智子は思った。


 進介は他の男子よりも将棋が好き、もしくは学校の勉強に興味がない、そのいず

れかなのだろう。



「進介って塾に行ってないですからね」


 颯介は智子に教えた。


「塾に行ってないのか。別にいいけど、今は珍しいらしいな」

「多分このクラスの男子で行ってないのは進介と健太と昌巳と駿の4人だけかな」


 颯介は誰がどこの塾に行っているのかまで把握をしている。

 

 進介以外の3人は成績下位のグループに属しており、将棋にも全く関心を示して

いない。


 テストの点数と将棋の強さは比例しないが、テストの点の悪い者が将棋に関心を

示さないのは間違いがないようだ。


 おそらく彼らは駒の動かし方を覚えることができないのであろう。



 男子の間で将棋が流行り出したのと同時期から健太と昌巳のプロレスごっこに駿

も加わり始めた。

 

 本物のプロレスとは違い、ごっこ遊びは頭を使わない。


 1学期にキャメルクラッチで昌巳が窒息死をしかけたことをきっかけに智子はプ

ロレスごっこを禁止にしたのだが、知能の低い彼らは今もその遊びをやめずに教室

の後方で続けている。


 校則で禁止されているわけではないので、智子は黙認している。



「もう絶対に拓海とは将棋はやらん!」


 突如怒りの声を上げたのは蓮だった。

 隣には困った顔をした進介が立っている。


「どうしたの?」


 智子はそんな蓮に優しく声をかけた。


「さっきまで拓海と将棋を指してたんですよ!」

「うん、見てたよ」


 拓海と蓮は進介に見守られながら蓮の席で静かに将棋を指していたのを智子は確

認している。


「普通に指してただろ? 揉めてたっけ?」

「普通に指してましたよ、途中までは」

「途中まで?」

「途中までは普通に指してたんです。あとちょっとで詰むなあと思ったら――」 


 蓮は険しい顔をする。


「あいつ、俺の将棋盤を床に放り投げたんですよ!」


 蓮の身体は怒りで小刻みに震え出した。


「あいつ、自分が負けそうになると『あ、滑ったー』って言いながら将棋盤を床に

投げ落としたんですよ!」

「あー、それは大変なことだな」

「そうでしょ!」


 蓮は智子に共感されてさらに怒りの温度を高める。


 進介はそれを見て「ともちゃん先生のリアクションはそれで合ってるのかなあ」

と思った。

 進介には智子が火に油を注いだようにしか見えなかった。


「しかもあれだろ? その将棋盤、国木田のなんだろ?」

「そうですよ! 俺が親に買ってもらった私物ですよ!」

「それを?」

「拓海が床に放り投げたんです!」


(ともちゃん先生、完全に煽ってるよなあ……) 


「ちなみに『あ、滑ったー』の時の新山の表情は?」

「へらへらしてました!」

「それはいかんなあ」

「ですよね!」


(ともちゃん先生、ここからどうするつもりなんだろう……)


 進介が注目する中、智子はまとめに入る。


「国木田よ、世の中にはいろんなやつがいる。将棋を最後まで指せないやつだって

いるんだ。だからもう諦めろ」


(えー……)



 進介は自分が蓮と拓海を仲直りさせようとは思わなかったが、智子は教師なので

絶対にそれを促すはずだと思っていた。


 しかしそれは間違いであった。


 進介は智子に期待をしすぎた。


 智子はそんな教師ではない。


 49才、独身、恋人なしの彼女は人生でいろんなものを諦めてきた。


 そのことを自分の体験として今度は生徒たちに伝えようとする智子なのであっ

た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ