196 それは温泉じゃないのかもしれない
「温泉いいなー」
ボソッと呟いたのは太一であった。
瑛太が家族で温泉旅行に行くと言ったあとの休み時間、男子たちの話題はそのこ
とでもちきりであった。
「最近は有名な観光地は外国人客でいっぱいだから値段も上がってるらしいな」
智子は自分の席に座り足をぷらぷらさせながら言った。
「この辺りだと有馬温泉か。それとももっと別の温泉?」
「なに温泉かは聞いてないけど、カラオケとかレストランがあるって言ってた」
「そりゃあるだろ。客だっていろいろいるんだし、温泉街だからって温泉1本で勝
負する必要はないからな」
「そこにはゲーム機もあるしサウナもあるし岩盤浴もある。マッサージもあるらし
い!」
瑛太は興奮しながら続ける。
「風呂の種類がなんと10以上もあるらしいんだ!」
「10以上!」
数を聞いた太一は驚きの声を上げた。
「それだけあると入りきれないんじゃないの!?」
「だから早めに行って夕食とって帰るまでたっぷり温泉につかる予定なんだ!」
「ん?」
「どうしたの、ともちゃん先生」
「それって日帰りか?」
「そうだけど?」
「ああ、そうか……」
温泉旅行と聞いて智子は勝手に宿泊をするものだと思い込んでいた。
(日帰りも立派な旅行だもんな)
「ちなみに車で行くの?」
「うち車持ってないから電車だと思う」
「だとしたら有馬温泉だろうなあ――」
智子はここまでの話を聞いてあることに思い当たった。
「いろんな温泉があるって言った? 10以上の」
「10以上の風呂があるらしい」
「その風呂っていうのは温泉ではないの?」
「……」
瑛太は温泉だと思って話をしていたが、細かくつっこまれるとよく分からない。
「ゲームとかカラオケとか岩盤浴とかサウナって全部同じ建物の中にある?」
「はい。お父さんに見せてもらったホームページではそんな感じでした」
「なるほどな」
智子は瑛太の話から1つの答を導き出した。
「相内よ、よく聞け。お前が今度行く温泉は正確に言うと『スーパー銭湯』だ」
「「スーパー銭湯?」」
瑛太と太一は声を揃えて言った。
「スーパー銭湯って……なんだ?」
「ぼくもよく知らない」
スーパー銭湯を知らない2人に智子は説明をする。
「スーパー銭湯っていうのは、いろんな施設を1か所に集めた大規模な銭湯のこと
だ」
「ということは銭湯なの?」
「銭湯だ」
「……」
「でも、使われてるお湯が温泉かもしれないし」
自分の連れていってもらう場所が温泉ではなく銭湯だと知りテンションの下がる
瑛太を太一は必死に励まそうとする。
「それはそうだな。地下から汲み上げたお湯を使っていればスーパー銭湯でも温泉
だな」
「ほら! 瑛太のお父さんはそれを知ってるから瑛太に温泉に行くって言ったんだ
よ、きっと!」
「そうなのかなあ……」
自分が行くのは温泉だと信じて疑わなかった瑛太の、父に対する不信感は簡単に
は拭えない。
「でもな、相内よ――」
智子は遠い目をしながら続ける。
「スーパー銭湯はいいものだぞ」
「ともちゃん先生はスーパー銭湯行ったことあるの?」
「あるぞ。2~3回……1回だったかな?」
「覚えてないじゃん」
「いや、3~4回だったかもしれないけど、1回の気もする」
「全然覚えてないじゃん」
智子はスーパー銭湯に行ったことがある。
多分2~3回行っている。
3~4回かもしれない。
もしかしたら1回かも。
スーパー銭湯はいいものだと言い切る智子であるが、行った回数はあやふやなの
であった。




