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188/217

188 でかっ

「ともちゃん先生、田中くんが変なもの持ってきてますけどいいんですか?」


 休み時間、智子に報告にきたのは結衣であった。


 結衣はなにかあるとすぐに教師に頼るタイプであるため男子からの評判はあまり

よくないのだが、本人はそのことに気が付いていない。


「変なものってなんだよ」


 いつもなら授業が終わると走って校庭に出ていく男子たちが教室に残っていたた

め、智子もなにかあるなとは思っていた。


「男子は『めんこ』って言ってます」

「めんこ?」


(いまどき、めんこって……)


 智子は席を立ち、男子たちのいる教室後方へ向かった。



「ちょっといいか」


 智子が近付いた時、朝陽は直径30センチはあろうかという大きなめんこを手に

していた。


「でかっ。なんだそれ!?」


 智子は素直に感想を口にする。


「これ、健太が家から持ってきた」

「ちょっと見せてよ」


 智子は朝陽から大めんこを受け取る。


 めんこには子供の頃の悟空がピッコロ大魔王と戦うドラゴンボールのワンシーン

がプリントされていた。


「ドラゴンボールじゃん。これ、田中が持ってきたの?」

「うん」

「お父さんからもらったのか」

「違う。俺の」

「え? お前、ドラゴンボールのめんこをわざわざ小遣い出して買ったの? こん

なでっかいのを? もしかして小学生の間で第2次めんこブームでも起きてる?」


 智子は昔のアニメがプリントされた昔の遊び道具を生徒が持っていることが理解

できなかった。


「そんなのないない。俺が買ったのは『昭和レトロ展』ていうイベントだから」 

「昭和レトロ展か……それは分かったけど、私も昭和をちょっとだけ知る人間なん

だよ。でも、こんなでっかいめんこなんて見たことないんだ。もしかしてそのイベ

ントいんちきなんじゃないの?」

「いんちきじゃないよ! デパートでやってたんだから!」


 家族の休日をいんちき扱いされた健太は智子に怒鳴った。


「デパートの企画ならちゃんとしたやつか。でもこんなでっかいめんこなんか見た

ことないんだけどなあ……」


 智子はどうしても、めんこの大きさが気になってしまう。


 智子が小学生だった昭和60年前後、確かに男子は駄菓子屋でめんこを買ってい

た。


 しかし、それはもっと小さなものだったと智子は記憶している。

 

「そのめんこ、ちっちゃいマンホールくらいあるよな? それで昭和の子供はどう

やって遊んだっていうの?」

「俺が買っためんこは手の平にのるくらいのサイズだったよ」

「でもそれ違うじゃん」

「買っためんこの裏に1等とか2等とかのスタンプが押してあって、それに応じて

景品として大きいのがもらえるんだよ」

「あー、なるほど。そういうことか。めんこがそのままくじになってるのか」

「等が上がるごとにめんこも大きくなる」

「じゃあそれは1等っていうこと?」

「これは『特等』」

「特等! 1等より上じゃん!」


 智子は健太の言葉になぜか自分のことのように興奮をした。


「1等は5枚くらいあったけど、特等はこれ1枚だったんだぜ」


 健太は得意気に語る。


「100円のめんこ買って、これ当てたんだぜ。いいだろ。欲しい?」

「別に欲しくはない」

「えっ……」


 さっきまでノリノリだった智子の態度が豹変した。


 驚く健太と真顔の智子。


「なんで? 欲しくないの?」

「欲しくないだろそんなの。遊べないし」

「めんこって遊べないの? 叩きつけて裏返して遊ぶんじゃないの?」

「誰と?」

「誰とって、昌巳とか朝陽とか……」

「田中以外にメンコ持ってるやついる?」


 智子の問いにその場にいた生徒全員が首を横に振る。


「遊び相手いないじゃん」

「だったら俺の貸すし……」

「特等って書いてためんこ?」

「うん。表はドラゴンボールの筋斗雲だけがプリントされてる」

「それとこれとじゃ大きさが違い過ぎて勝負にならないだろうが。というか筋斗雲

だけってなんだよ。ただの雲だろうが」

「見た瞬間、俺もびっくりした。『雲だ』って思った」

「それ以外の感想はないよな」


 健太は「アニメ ドラゴンボールZ」は観たことがあるが、悟空が子供の頃は知

らないので「筋斗雲」の存在も知らなかった。



 智子は健太の大めんこをまじまじと眺めながらあることに気が付いた。


「これってもしかして、使い道がないんじゃないか?」


 教室が静まり返った。


 それは誰もが最初からうすうす感じていたことであったのだ。


 重苦しい空気の中、健太は言葉を振り絞る。


「か、飾るし……」

「紙だぞ?」

「有名人のサインだって紙だし……」

「有名人のサインは思い入れがあるだろ? お前、悟空対ピッコロに思い入れある

のかよ」

「な、ないです……」


 健太は映画でフリーザと戦う悟空は観たことがあったが、ピッコロとの戦いは未

見であった。



 よく考えてみればその大めんこは自分にとってゴミ同然の代物であると健太は気

が付いた。


 確かに家族で盛り上がったのは帰りの電車の中までで、帰宅してからは誰も見向

きもせず、その大めんこは床に放置されていた。


 智子に言われるまでもなく、自分はとっくにその大めんこから興味を失っていた

のだと認めざるを得ない健太なのであった。 

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