184 素直な馬鹿
智子は後悔していた。
防寒具代わりにレインコートをTシャツの上に羽織ってきたのだが、それだけで
は足りず寒いのだ。
(スウェットも着てくればよかった……)
落雷を受けて身体が縮んでから半年が経つのだが、智子は未だに大人の感覚が抜
け切れていない。
「ともちゃん先生、寒いですか?」
その場で足踏みを続ける智子を見て真美は尋ねた。
「ん? んー……別に寒くはないけど、ちょっと冷えるよな。さっきの雨で地中の
熱が奪われたのかな」
本当は寒かった智子だが、教え子に気を遣わせないため咄嗟に嘘を吐いた。
「寒かったら勝手にテントに戻るから気にすんな。あそこに行くとお茶ももらえる
しな」
社務所の横にはスタッフ用のテントがあり、智子たち滝小学校の教員も利用させ
てもらっていた。
そこには温かいお茶も用意されており、智子の傘も置かせてもらっている。
「ならいいですけど」
真美は安心して女子たちの輪の中に戻っていった。
「あっ、ともちゃん先生」
女子たちと入れ替わりにクラスの男子たちが智子の元へと駆け寄った。
「下が雨で濡れてて滑るからあんまり走るなよ」
「はーい」
素直に返事をする朝陽と蓮。
(男子が教師の言うことに素直に従うのは小学生までなんだよなあ)
智子は教師になって以来、ずっと公立の小学校に勤務している。
たまには個性的な生徒や超個性的な保護者と出会うこともあるがそれは例外で、
たいていは常識的な関係を築けている。
その生徒たちが中学や高校で問題を起こしたと聞くと、智子はいつも絶望的な気
持ちになるのだ。
「あの頃はあんなに素直でいい子だったのに……」と。
今年の湊川学級は誰に見られても恥ずかしくないと智子は自負している。
男子も女子も仲が良く、運動会も林間学校も音楽会もみんなで協力して成功裏に
終えられたのがなによりの証拠である。
(人間、素直なのが1番だよな)
智子が「子供について」「人間について」思いを巡らせていたその時、向こうか
ら2つの人影が近付いてくるのが目に入った。
「寒いー」
「ともちゃん先生、寒いよー」
声の主は進介と颯介であった。
「どうした!?」
「寒いー」
2人の服装は長袖に半ズボンと至って普通であり、周りの男子も同じような格好
をしている。
しかし進介と颯介の2人には周りと違う点が1つだけあった。
「お前ら、その手に持ってるのって……」
「うん。かき氷」
秋風が吹きすさむ中、2人はかき氷のカップを手にしているのだ。
「なんでこの時季にかき氷なんだよ! あったかいもん食えよ!」
「だって売ってたから……」
「売ってたら買うのかよ! その前に自分の体感温度と相談しろよ!」
「今年のラストかき氷だと思ったらつい……」
「ラストかき氷は9月に終わらせておけ! なんで秋祭りで復活するんだよ!」
「売ってたから……」
「それ、さっき聞いたし!」
智子と颯介が堂々巡りを始めたその横で進介は無表情でガクガクと震えている。
「おい、高平! 唇が紫だぞ!」
「寒いです―」
進介がなぜか半笑いになった。
「恐いよ、その顔! やめろ!」
「恐い?」
「いいからテントに来い! あったかいお茶もらってやるから!」
「いいんですか?」
「いいんだよ! 私から頼んでやるから!」
「でもなんか悪いなー」
「そこは素直に従えよ!!」
子供の良さは素直なところである。
素直でさえいれば馬鹿でもかわいい。
寒さに震えるそんな馬鹿2人を、急いでスタッフのテントに連れ帰る智子なので
あった。




